箱本館 紺屋

マーカーは箱本館 紺屋です。

箱本館 紺屋
[江戸時代から続いた藍染め商の町家を再生した、藍と金魚が楽しめる空間です。
藍染め体験や各種イベントも開催しています。  (「箱本館「紺屋」 | 大和郡山市のホームページ」より)]

[奥野家は、家伝によると享保13(1728)年の初代にさかのぼる。名字・帯刀を許され屋号は「柳宗(やなそう)」。江戸時代から先代の故奥野義夫さんまで九代にわたり藍染めの技術を伝えつづけ、主に嫁入りの祝い幕や社寺の門(かど)幕、旗、暖簾(のれん)を制作してきた。同住宅の一部は、大和郡山市内でも最も古い住宅として市民から保存を願う声もあり、平成9年11月に同市が買収。2年にわたる調査と改修の後平成12年4月、同市と大和郡山市観光協会が運営する「箱本館紺屋」としてオープンした。
 旧奥野家住宅は、紺つぼ置き場やクドのあるドマとそれに接するミセノマナカノマ、ザシキの三間が明和年間(1764 – 72)の建築で一番古く、ブツマや格子の間などの建物西側は幕末から近世にかけて増築された物という。平成9年からの改修工事では、文化財指定を受けないことと、住宅から用途を変更するため現行法に適合させる必要から内部を中心に改変。そして前面道路の幅員を確保するため曳(ひ)き家を行っている。
 現在の間取りは、復元された紺ツボ置き場とクドがドマにあり、それに接する三間は板張りの展示室と座敷の休憩室に。また、増築部分の座敷は集会室と茶会室になり「金魚ミュージアム」として利用されている。また、内蔵は土蔵風の展示場として建て直されている。内部はこのように、昔の間取りを生かした、展示スペースとして活用されている。  (「グラフ|【やまと建築詩】箱本館「紺屋」(大和郡山市) – 奈良新聞」より)]

[箱本とは郡山町中の自治組織のことです。
地子(※1)免除の特権を与えられた内町十三町(本町・今井町・奈良町・藺町・柳町・堺町・茶町・豆腐町・魚塩町・材木町・雑穀町・綿町・紺屋町)で始まりました。
箱本に課せられた主な任務は、治安維持、消火、伝馬(※2)などでした。
この制度は、町が交代で自治にあたることでさまざまな意見をくみ取り、問題に応じてさまざまな対応ができる自由な住民自治の先駆けといえるでしょう。
   ※1 土地に対する税金
   ※2 公用のために使用する馬を提供すること
箱本館のある「紺屋町」は染め物(藍染め)を職業とする人が集まった職人町で、豊臣秀長の時代( 1585 – 1591 年)に成立したと考えられています。
箱本十三町の一つで あり、城下町の中心をなす内町の一つです。
東西に細長い町で、町の中心には幅 1 メートルの紺屋川が流れていました。
この川で、染めた布や糸をさらしていたのです。
江戸時代の初期から現代までの町の範囲は大きくは変わっていないようです。
当館は、江戸時代から紺屋(藍染め業)を営まれていた奥野家を修復再生しています。
『奥野家家系伝記』によると名字・帯刀は藩主の柳澤氏によって許され、屋号は「柳宗(やなそう)」といいます。
奥野家では、嫁入りの祝い幕、社寺の門幕、旗、のれんなどを制作していました。
現在、藍染め商家として残る文化財は農家建築が多く、紺屋町における藍染め商家の町家建築は希少な存在です。
また、火災などのため再建遺構ですが、大和郡山市内の町家ではもっとも古い遺構になります。
【主屋・・・江戸明和期( 1764 – 1772 年・家伝によれば明和 3 年( 1766 )  ツノ家・・・江戸幕末期】  (「箱本館「紺屋」ホームページ – 館内の案内藍染め関係資料・歴史資料」より)]

箱本館「紺屋」ホームページ」 – 「藍染め体験

箱本館「紺屋」 – Google Map 画像リンク

カメラ東方向が箱本館 紺屋です。

箱本館 紺屋玄関土間のカメラです。

箱本館 紺屋居間のカメラです。

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