二階堂地蔵堂

マーカーは二階堂地蔵堂です。

二階堂地蔵堂
[この付近に膳夫寺があった。この寺の堂が二階造りに似ているところから二階堂と名づけられたと伝わる。今も二階堂、二階堂下、二階堂筋の小字名を留めている。  (「下ツ道沿線ガイドマップ_表2 天理市 – 奈良県」より)]

[地蔵堂前を南北に下ツ道(現在は中街道)、東に布留街道が通る交通の要衝に位置するこの辺りには、かつて膳夫寺(かしわででら)があり、そのお堂が二階造りに見えることから「二階堂」という地名が生まれたという。膳夫寺は、聖徳太子の妃となった膳夫姫(膳部菩岐々美郎女)に因む寺で当初は天香久山の北側にあったが、この地に移築されたと伝わる。膳夫寺が衰退した後、跡地に石造の地蔵(天正9年の銘あり)が祀られた。  (「二階堂地蔵堂 – 天理市’da Tapınak – Foursquare」より)]

[聖徳太子の妻・膳夫姫(かしわてひめ)が養母の菩提のために建立した膳夫寺(かしわてでら)の跡地に建てられたお堂。膳夫寺が二階造に似ていたため二階堂と名付けられた。お堂の前には布畄(ふる)街道が東に延び、古代から交通の要衝として重要な役割を果たしていた。  (「ルート概要|歩く・なら~歩く楽しさが見つかる!奈良県の …」より)]

大和名所図会. 巻之1-6 / 秋里舜福 [著] ; 竹原信繁 画」・「山邉里ハ石上といふ所にあり」(4-5)、

カメラ南南東方向に二階堂地蔵堂があります。