三松禪寺

マーカーは三松禪寺です。

三松禪寺
[当 三松禪寺の御開山は、行基菩薩によって出家なされた 法親王真恵宗寂大師の建立であり、歴史的に極めて由緒ある 南都15箇寺中の万民富楽を念じられた勅願寺です。時代の変遷に伴って一時期衰微しましたが、延宝7年(1679年)に大和郡山城主・本多政勝公一族の士族寺として建立され、後世、松平柳沢公などの武家の菩提寺としての由緒を誇り、大和盆地唯一の行学一致の学問場として有 能な人材を輩出しました。そして近時、大本山永平寺直轄の参禪道場として認可され、現代人の厳しい鍛錬道場として著名です。境内からは、東に三笠山、高円山の若草連山をのぞみ西に生駒山、大地に見る天平の薬師寺が近く、絶佳の景をたのしめます。
茶室・送月舎
同寺の茶室「送月舎」もまた関係者の間でよく知られる ところ。江戸時代後期の真言宗の名僧・慈雲尊者に厚く帰依した石州流皆伝の大茶人、大和郡山城主・柳沢堯山(ぎょうざん)公の創建によるもの。その落ち着いたたたずまいは 幽玄の雰囲気をかもし出し、多くの茶人仲間に愛される存在だ。
お艶地蔵縁起
地元では”縁切り地蔵”の名で知られる「お艶地蔵」というのが同寺に伝わっている。そのいわれは次のようなものだ。江戸時代の宝暦年間のこと。大和郡山城の城代家老が江戸在中に愛人・お艶を囲う。家老が郡山に帰るとき、同行を求めたお艶は箱根の関所でその許しを得られないため芦ノ湖に入水して白蛇と化し、家老を悩ませた。お艶の心根をあわれと見た家老の正妻は、当時の三松禪寺住職の導きによって一彫一拝して地蔵尊を造ったところ、以来、白蛇もついにその邪念を解いたと言われている。  (「瑞雲山 三松禪寺」より)]

三松寺 – Google Map 画像リンク

カメラ西北西方向が三松禪寺山門です。

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