佐紀高塚古墳

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佐紀高塚古墳
[佐紀高塚古墳(さきたかつかこふん)は、奈良県奈良市山陵町(みささぎちょう)にある古墳。形状は前方後円墳佐紀盾列古墳群を構成する古墳の1つ。
実際の被葬者は明らかでないが、宮内庁により「高野陵(たかののみささぎ)」として第48代称徳天皇(第46代孝謙天皇重祚)のに治定されている。
概要
奈良盆地北部、佐紀丘陵南麓において、丘尾を切断して築造された大型前方後円墳である。丘陵上では多くの巨大古墳を含む佐紀盾列古墳群の営造が知られるが、本古墳はその古墳群の中で佐紀石塚山古墳(伝成務天皇陵)・佐紀陵山古墳(伝日葉酢媛命陵)・五社神古墳(伝神功皇后陵)等とともに「西群」と呼ばれる一群を形成する。佐紀高塚古墳自体は、佐紀石塚山古墳・佐紀陵山古墳の南に隣接する形で築造される。明治以降は宮内庁により天皇陵に治定されているため、これまでに本格的な調査はなされていない。
墳形は前方後円形で、前方部を西方に向けており、南北を主軸とする西群の他古墳とは直交する。墳丘は3段築成。墳丘からはかつて埴輪が検出されたというが詳らかでない。墳丘周囲には不連続ながら鍵穴形で幅の狭い周濠が巡らされる。主体部の埋葬施設は不明。
この佐紀高塚古墳は、古墳時代前期後半の4世紀頃の築造と推定される。佐紀古墳群の古墳としては中型規模で、墳丘主軸も他の主要古墳とは方向を異にすることから、主要古墳に随伴するランクの古墳であったものと推測される。被葬者は明らかでないが、現在は宮内庁により第48代称徳天皇(第46代孝謙天皇重祚)の陵に治定されている。
なお古墳域は、後世に営まれた平城京では右京北辺二坊に位置する。近年には古墳西方を流れる秋篠川において河川改修時に多数の大型円筒埴輪が出土しているが、それらを本古墳のものとする説もある。
墳丘全景(右手前に前方部、左奥方向に後円部)・wikipedia-photo、称徳天皇高野陵 拝所・wikipedia-photo  (wikipedia・佐紀高塚古墳より)]

佐紀高塚古墳(孝謙・称徳天皇高野陵) – Google Map 画像リンク

カメラ北東方向が孝謙・称徳天皇高野陵参道です。

孝謙・称徳天皇高野陵拝所前のカメラです。