奈良坂の「夕日地蔵」

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奈良坂の「夕日地蔵」
[「北山十八間戸」から奈良阪を北へ上がった直ぐの右(東)側に、奈良市興善院町の「夕日地蔵」が立っています。永正6年(1509年)4月興福寺住尼推律師の銘があり、会津八一(秋艸道人)が「なんきんうたまくら」の中でこの地蔵さんの事を歌っている。
 ならざかの いしのほとけの
 おとがひに こさめながるる
 はるはきにけり  (「佐保、佐紀路辺り(その2) – 奈良観光 」より)]

大和名所図会. 巻之1-6 / 秋里舜福 [著] ; 竹原信繁 画」・「奈良坂般若路酒野在家」(2-14)、「奈良坂解説・右ページ2行目まで」(2-18)

[奈良坂は、般若寺を経て山城国木津へ出る坂のこと。挿図の右に、峠を越えて大和に足を踏み入れる旅人が2人。中央の松の向こうに広がる町並みは「郡山」。奈良坂周辺から、当時は郡山まで眺望できたようです。左上に添えられた「青丹吉(あをによし)ならのおほぢはゆきよけど この山道はゆきあはしけり」は万葉集の一首。奈良の都の大路は行きやすいけれど、山道は困難だ、と。奈良坂の峠は、駕籠の稼ぎ場だったのでしょう。左には茶屋で一服する3人の旅人。茶をすすり、串に刺したものを口に運んでいます。四角に見えるので、餅? こんにゃく? 題にある3句の最後「酒野在家」は、堂々と飲酒できない僧侶たちの間で酒を指して言った隠語「般若湯」と般若路をかけた表現だと思われます。言うまでもなく、酒は大和の名物でした。  (「『大和名所図会』今昔めぐり ⑧奈良坂 般若路 酒野在家(巻之二)」より)]

夕日地蔵 – Google Map 画像リンク

カメラ東南東方向に奈良坂の「夕日地蔵」があります。