徳融寺

マーカーは徳融寺です。

徳融寺
[徳融寺(とくゆうじ)は、奈良県奈良市鳴川町25にある融通念仏宗の寺院。山号は豊成山。
元興寺にあった聖観音を祀る祠堂が天正18年(1590年)に現在の所在地に移されたのはじまりという。寛文7年(1667年)に休岸が堂宇を整備した。  (wikipedia・徳融寺_(奈良市)より)]

[徳融寺の本尊阿弥陀如来立像。元は「元興寺」の別院で、本堂の左前に歌が彫られた石塔(歌碑)が建っており、これは、松永弾正久秀が1560年(永禄3年)多聞城を築く時に持ち去ろうとした石塔婆で、「高林寺」に住んでいた連歌師の心前が次の歌
 『曳(ひ)き残す 花や秋咲く石の竹』
を詠んで、久秀に送ったら、連歌のたしなみがあった久秀が非を悟って、石塔を持ち去らなかったという。また、境内に市指定文化財「毘沙門堂」も在る。
 「徳融寺」は奈良時代の高官、右大臣藤原朝臣豊成とその娘中将姫の旧蹟で、豊成は藤原南家武智麻呂(むちまろ)の子で、藤原仲麻呂の兄である。
境内の「観音堂」の裏に豊成と中将姫を祀る宝篋印(ほうきょういん)石塔が二基並んで建っている。実際の墓は別の場所に別々に存在しているが、ここでは仲良く供養塔として並んで建っている。  (「中将姫伝説を訪ねて3:徳融寺(奈良市鳴川町) – 飛鳥への旅 – Gooブログ」より)]

徳融寺 – Google Map 画像リンク

カメラ西方向が徳融寺総門です。

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