念仏寺山古墳(開化天皇春日率川坂上陵)

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念仏寺山古墳(開化天皇春日率川坂上陵)
[念仏寺山古墳(ねんぶつじやまこふん)は、奈良県奈良市油阪町字山ノ寺にある古墳。形状は前方後円墳
実際の被葬者は明らかでないが、宮内庁により「春日率川坂上陵(かすがのいざかわのさかのえのみささぎ)」として第9代開化天皇に治定されている。名称は「弘法山古墳(高坊山古墳)」や「坂上山古墳(さかがみやまこふん)」などとも。
概要
奈良市中心部、三条通り・油阪通りの間に位置する大型前方後円墳である。宮内庁により天皇陵に治定されているため、これまでに本格的な調査はなされていない。
墳形は前方後円形で、前方部を南南東方に向ける。古墳域は近世頃には近隣の念仏寺の寺域とされ、念仏寺の墓地として利用された際に墳丘が削られたが、幕末に墓地の移転と陵の修補がなされた。ただし、その陵墓修築で墳丘は大規模な改変を受けたと見られている。現在段築は見られず、後円部・前方部境も不明瞭で、後円部・前方部にかけての墳頂も平坦となっている。主体部の埋葬施設は明らかでない。
この念仏寺山古墳は、西側外堤において出土した円筒埴輪片等から、5世紀前半(古墳時代中期)の築造と推定されている。また1975年(昭和50年)や2008年度(平成20年度)の鳥居建替の際には、江戸時代の墓地化に関連した蔵骨器・木棺が出土している。
なお古墳域は、後世に営まれた平城京では左京三条六坊四坪に位置する。平城京造営以前には京域内に広範囲に古墳が分布していたが、平城京造営に際して念仏寺山古墳や宝来山古墳垂仁天皇陵)のほかは多くが破壊・削平を受けたことが知られ、本古墳はそれら消滅古墳とともに古墳群を形成したものと考えられている。
念仏寺山古墳のオルソ空中写真・wikipedia-photo、開化天皇春日率川坂上陵 拝所・wikipedia-photo  (wikipedia・念仏寺山古墳より)]

開化天皇春日率川坂上陵 – Google Map 画像リンク

カメラ北方向が念仏寺山古墳(開化天皇春日率川坂上陵)参道です。