東大寺本坊(旧東南院)、総合文化センター

マーカーは東大寺本坊(旧東南院)です。

奈良時代の校倉倉庫。食堂跡の北方、上司(かみつかさ)と呼ばれる場所にあった油倉を正徳4年(1714年)、東南院に移築したもの。東南院廃絶後は本坊経庫と呼ばれている。東大寺関係では正倉院宝庫を含め、他に5棟の校倉が残っている。このうち法華堂経庫と勧進所経庫は、正倉院の西方にあった倉を移したもの。手向山八幡宮宝庫は本坊経庫と同じく上司の油倉を移築したもの。正倉院の構内にある聖語蔵は塔頭尊勝院の校倉を移したものである。
●天皇殿 – 聖武天皇像を安置する。もとは徳川家康を祀る東照宮であった。
持仏堂江戸時代作の理源大師(聖宝)像を安置する。建物はもと談山神社(妙楽寺)本殿で、安倍文殊院を経て東大寺に移された。  (wikipedia・東大寺その他の主要堂宇)]

東大寺総合文化センター
[南大門を入って左手、東大寺学園(郊外に移転)の跡地にある複合文化施設(住所は奈良市水門町100)。東大寺ミュージアム、東大寺図書館、金鐘会館、東大寺史研究所、華厳学研究所からなる。2010年9月に竣工し、ミュージアムは2011年10月に開館した。
塑造日光菩薩月光菩薩立像(国宝) – 奈良時代。もと法華堂安置。法華堂本尊不空羂索観音の両脇に立っていた。天平彫刻の代表作として著名だが、造像の経緯等は定かでなく、本来の像名も不明である(「日光・月光菩薩」という名称は後世に付けられたもので、本来は、薬師如来脇侍となる菩薩)。像の表面は現状ほとんど白色だが、製作当初は彩色像であった。本来の像名は梵天帝釈天だった、とする説もある。
●塑造吉祥天弁才天立像(重文) – 奈良時代。もと法華堂安置。唐三彩の婦人俑に似た豊満な貴婦人の形をとっている。吉祥天は二、弁才天は八臂。いずれも破損が著しいがかえって塑像の構造が明らかにされており、美術史上貴重な資料である。  (wikipedia・東大寺東大寺総合文化センターより)]

東大寺境内図

カメラ西方向が総合文化センターで、カメラ東北東方向が東大寺本坊(旧東南院)です。

東大寺資料リンク
大和名所図会. 巻之1-6 / 秋里舜福 [著] ; 竹原信繁 画 」・「東大寺南大門鎮守八幡宮」(1-27)[東大寺南大門から手向山八幡宮方向の鳥瞰図です。南大門の左上に本坊が描かれています。]、「東大寺解説-1」(1-30)、「東大寺解説-2」(1-31)、「東大寺解説-3」(1-32)、「東大寺解説-4」(1-33)、「東大寺解説-5・左ページ3行目まで」(1-35)

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