東大寺法華堂(三月堂)

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東大寺法華堂(三月堂)
[詳細は「東大寺法華堂」を参照
国宝。境内の東方、若草山麓にある。東大寺に残る数少ない奈良時代建築の1つであり、天平仏の宝庫として知られる。創建当時は羂索堂(けんさくどう)と呼ばれ、東大寺の前身寺院である金鐘寺(こんしゅじ)の堂として建てられたもので、創建時期は天平12年(740年)から同20年(748年)ごろと推定されている。建物の北側(参道側から見て向かって左側)の、仏像が安置されている寄棟造の部分を正堂(しょうどう)、南側の入母屋造部分を礼堂(らいどう)と呼ぶ。正堂は奈良時代の建築、礼堂は奈良時代にも存在したが、現在あるものは鎌倉時代正治元年(1199年)ごろ(異説もある)に付加したものである。堂内には多数の仏像を安置し、うち不空羂索観音立像(本尊)、梵天帝釈天立像、金剛力士・密迹力士立像、四天王立像の計9体の乾漆造像(麻布を漆で貼り固めた張り子状の像)と、塑造執金剛神像が奈良時代のものである。他に塑造の日光菩薩月光菩薩立像、吉祥天弁才天立像が安置されていたが、これら4体は2011年より東大寺ミュージアムに移動している。諸仏の細かい製作年代や当初の安置状況については諸説あるが、9体の乾漆像が当初からの安置仏で、日光・月光菩薩、吉祥天・弁才天の4体は客仏(後世に他の堂から移された像)とするのが通説である。執金剛神像については当初から安置されていたとする説と客仏とする説がある。
※堂内須弥壇修理のため、2011年8月以降当分の間、堂内の拝観を中止している。仏像の一部は東大寺ミュージアムにて公開されている。
●乾漆不空羂索観音立像(国宝)
奈良時代。高さ3.6メートル。三眼八臂(額に縦に第3の目があり、8本の腕を持つ)の観音像である。頭上の宝冠は、正面に銀製の阿弥陀如来像を飾り、数多くの宝石や透かし彫りで飾った華麗なもので、普段は近くで見ることはできないが、奈良時代工芸の優品として知られる。法華堂修理のため、2011年現在は東大寺ミュージアムに安置されている。
●塑造執金剛神立像(国宝)
本尊不空羂索観音の背後の厨子に北向きに安置される。右手に金剛杵(こんごうしょ、仏敵を追い払う武器)を持ち、目を吊り上げて威嚇する武神像である。長らく秘仏であったため、当初の彩色がよく残る。執金剛神とは、仁王像を1体で表したもの。本像は東大寺の開山(初代住職)良弁念持仏と伝え、平将門の伝説でも知られる、古来著名な像である。伝説によれば、平将門が東国で乱を起こした時、この像の(もとどり、結髪)を結んでいる元結紐(もとゆいひも)の端が蜂となって飛び去り、将門を刺して苦しめたという。たしかに、本像の元結紐は今も片側が欠失している。秘仏であり、良弁の命日の12月16日のみ公開される。
他に以下の諸仏を安置する。
●乾漆梵天・帝釈天立像(国宝)
●乾漆金剛力士立像(国宝)
●乾漆四天王立像(国宝)
●木造不動明王二童子像(重文)
●木造地蔵菩薩坐像(重文)
法華堂(三月堂)・wikipedia-photo  (wikipedia・東大寺より)]

[周辺の関連文化財
●法華堂手水屋(重要文化財) – 法華堂の裏手(東側)に位置する。切妻造、本瓦葺き。桁行7間、梁間3間。建武2年(1335年)建立。
●法華堂北門(重要文化財) – 法華堂の北、二月堂側へ通じる四脚門。延応2年(1240年)建立。
●法華堂経庫(重要文化財) – 法華堂の南方に建つ校倉造倉庫。平安時代初期。道を挟んですぐ南にあるもう1棟の校倉は、東大寺鎮守の手向山八幡宮(たむけやまはちまんぐう)の宝庫である。
●石燈籠(重要文化財) – 法華堂南正面に立つ。建長6年(1254年)伊行末の銘がある。
法華堂・wikipedia-photo、「正面(礼堂)、手前に重要文化財の石灯籠がある」・wikipedia-photo、西側面・wikipedia-photo  (wikipedia・東大寺法華堂より)]

東大寺境内図

東大寺法華堂(三月堂) – Google Map 画像リンク」、「大黒天堂 – Google Map 画像リンク」、「東大寺法華堂北門 – Google Map 画像リンク」、「東大寺法華堂経庫 – Google Map 画像リンク

カメラ北方向が東大寺法華堂(三月堂)で、手前に重要文化財の石燈籠が、カメラ南方向に法華堂経庫があり、法華堂経庫の左が手向山八幡宮参道です。

カメラ東方向が東大寺法華堂(三月堂)です。

カメラ東南東方向が重要文化財の法華堂北門で、カメラ北方向が東大寺二月堂です。

カメラ位置は二月堂石段で、カメラ南南東方向が東大寺法華堂(三月堂)になります、カメラ方向にある門が法華堂北門です。

資料リンク
大和名所図会. 巻之1-6 / 秋里舜福 [著] ; 竹原信繁 画 」・「二月堂若狭井大佛殿」(1-28)[大仏殿から二月堂方向の鳥瞰図です。右ページ上、二月堂の右に法華堂が描かれています。]、「法華堂解説・右ページ10行目より」(1-37)

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