田道間守と橘の木・大界外相碑

マーカーは田道間守と橘の木です。

田道間守と橘の木
[垂仁天皇田道間守(だじまもり)に命じ、非時香菓(ときじくのかくのみ)すなわちを求めに不老不死の理想郷常世国(中国南部からインド方面に)遣わした。
9年後、やっと手に入れた橘の八矛八縵(やほこやかげ)を持ち帰ったが、すでに垂仁天皇は崩御され、嘆き悲しんだ田道間守は墓前で自害したという。
その後、景行天皇が田道間守の忠を哀しんで、垂仁天皇陵近くに葬ったとされている。
(垂仁天皇陵の周濠内小島)

私達は、この地の里地里山に携わる者として、古の教えを人々に伝えていく一助になればと、ここにひと本の橘を植えました。  緑友会]

大界外相(だいかいげそう)碑
[尼ヶ辻から西ノ京へ向かう途中、線路沿いの道を歩いていて、右のような石標を見つけました。写真では少々読みづらいですが「大界外相」(だいかいげしょう)と彫られています。結界石と云い、寺域(清浄な場=ここでは唐招提寺)と外界の境界を知らせるためのものです。  (「榊莫山が見た「大界外相」」より)]

[「大界外相」とは、僧侶が集まり布薩(ふさつ)(四分律梵網経を読み、自らの行動を反省する儀礼)を行う空間「大界」の外周、境界を意味する。  (「忍性|奈良国立博物館」より)]

田道間守と橘の木 – Google Map 画像リンク」、「大界外相碑 – Google Map 画像リンク

カメラ東方向に「田道間守と橘の木」の案内板があり、その先に橘の木が植えられ、その前が休憩所になっています。また、カメラ北方向に大界外相碑があります。

カメラ東方向が大界外相碑です。