空海寺

マーカーは空海寺です。

空海寺
[空海寺は空海が草庵を営み、空海作の「阿那地蔵尊」を本尊として石窟に安置したのにはじまるとされる。本尊の地蔵菩薩石像は俗に「穴地蔵」と呼ばれている。秘仏で60年に一度の公開とか。本堂前の地蔵十王石仏はもとは矢田寺にあった矢田地蔵。明治時代に空海寺に移座という。
空海は奈良仏教とも関係深く若い時は大安寺で学ぶ。から帰国後は東大寺の第14代別当に就任し4年間務めている。そのため東大寺との関係は深く東大寺歴代別当や奈良にゆかりの文化人の墓地がある。
 また、山門前には平城宮跡復元に尽力した棚田嘉十郎の墓が建てられている。  (「空海寺 – 古寺探訪コラム」より)]

[転害門を北へ約百メートル歩くと、雑司(ぞうし)町の家並みに入る。かっては東大寺の法会の時などの諸物品を納入する雑事を司どった人々が住んでいた地区で町名もそこから来ているという。町内を暫く歩くと「阿那地蔵尊空海寺」と彫った石柱が立っている。本堂は端正な入母屋造りで東大寺の背後に立地する”隠れ寺”にふさわしい寺観を見せている。空海寺は弘法大師空海の伝承を持つ古寺である。寺伝によれば平安時代初期に空海が自ら刻んだ地蔵石仏を安置して開いたのが始まりという。東大寺は空海が青年時代に修行した寺で、東大寺歴代住職を記した別当一覧に第14世として名を連ねている。その別当在職のころ東大寺北方の山ふところに建てた草庵が空海寺とされているそうである。本堂裏の山中には石塔、墓碑が立ち並び、明治以後の東大寺塔頭の住職や寺族が眠る東大寺の菩提所でもある。  (「般若寺のコスモスコース(三友会ウオーキング)」より)]

空海寺ホームページ

空海寺 – Google Map 画像リンク

カメラ東方向が空海寺山門です。

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