紀寺(璉城寺)

マーカーは璉城寺です。

紀寺(璉城寺)
[現在は璉珹(れんじよう)寺と号す。奈良市にある寺。行基創建の伝承があるが,実際は天智天皇のころ紀氏(きうじ)を檀越(だんおつ)として飛鳥の地に創建され,平城京遷都の後,左京五条七坊にあたる現在地に移転したものと思われる。奈良時代には多くの奴婢を有する大寺であった。平安時代になって現れる〈璉城寺〉は紀寺の後身とされる。江戸時代には興福寺浄土宗誓願寺が末寺と主張して争ったが,現在は天台宗を経て浄土真宗に属する。  (「kotoban – 紀寺とは」より)]

[「崇道天皇社」から南へ行くと、同じ並びに浄土真宗遣迎院派常行山「璉城寺(れんじょうじ)」があります。行基の開基、平城京遷都で飛鳥の「紀寺」を移して創建され、荒廃していたのを紀有常卿が再興して「璉城寺」と称し、本尊は恵心の造顕による奈良三裸形の1つ「阿弥陀如来立像」で、光明皇后の等身大の姿を写し、5尺5寸5分(165cm)、全国に4、5体しかない裸形の一体で、重文の脇侍を従え県文化、尊像に礼拝し南無阿弥陀仏と称えれば必ず浄土蓮台へ契りを結ばせようとの誓いで、過っては、秘仏として50年に一度の開扉でしたが、近年は毎年5月中頃開扉され、安産祈願の為の参詣者が多く訪れます。  (「奈良町(その14)」より)]

璉珹寺 – Google Map 画像リンク

カメラ東方向が璉城寺山門です。

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