安居神社(安井天神山花見)

マーカーは安居神社です。

安居神社
[創建年は不詳であるが、当社は少彦名神が祭られており、天慶5年(942年)から菅原道真が祭られるようになったと伝えられている。菅原道真が大宰府に流されるときに、風待ちのために休息(安井)をとったためにその名がついたという伝承がある。また、四天王寺の僧が当社で夏安居を行っていたので安居となったともいう。
慶長20年(1615年)の大坂夏の陣の時、当社で真田信繁が討死している。
江戸時代大丸の創業者である下村彦右衛門正啓がよく信仰していたことから「大丸天神」と称されることがある。
明治時代になると村社に列せられている。
1945年(昭和20年)3月13日・14日に行われた第1回大阪大空襲により全焼するが、戦後に復興した。
明治時代に書かれた『大阪けんぶつ』では、当社は菅原道真ではなく少彦名神を祀る神社であり、道真が休んだから「安居」となり、近くに天王寺七名水の井戸があることから「安井」となったと伝えられるが、考証がないため信じられない、としている。境内には桜や萩などがあり、茶店もあって見晴らしがよく、遊客も多かったという。摂津名所図会、浪速名所図絵でも花見の名所として選ばれている。
安居天神社 (浪花百景)1800年代。南粋亭芳雪/画・wikipedia-photo  (wikipedia・安居神社より)]

安井天神山花見 歌川広重画(安井天神山花見.pdf)

摂津名所図会. [前,後編] / 秋里籬嶌 著述 ; 竹原春朝斎 図画」 – 「2巻25・安井天神」「2巻26・安井天神山花見

南粋亭芳雪/画 安居天神社(wikipedia-photo)

大阪の地図(1686年)(拡大図)

絵地図を下端までスクロールし、右方向にスクロールすると、天王寺左方向、清水寺下に安井天神と記述されています。

安居神社石鳥居前のカメラです。

安居神社西鳥居前のカメラです。

真田幸村戦死跡之碑