小楠公御墓所(伝楠木正行公墓)・雁塔

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小楠公御墓所(伝楠木正行公墓)
[楠(楠木)正行(くすのきまさつら)は楠木正成(くすのきまさしげ)の子で、南北朝時代正平三年(1348年)の四條畷の戦い北朝方の高師直(こうのもろなお)と戦って討ち死しました。
正行の遺骸はこの地に葬られ墓石が建てられたと伝えられています。その後80年経ってクスノキ2本が植えられ、成長を続けたクスノキは墓石を包み込み2本が1本となって現在に至っています。
現在墓所にある石碑は明治11年に建てられたもので、大久保利通揮毫(きごう)による「贈従三位楠正行朝臣之墓」の銘が刻まれています。
 交通:JR学研都市線四条畷駅下車西へ徒歩5分  (「2. 史跡 伝楠木正行墓 – 四條畷市ホームページ」より)]

雁塔
[雁塔は高さ一二〇センチ、碑形で正面に「腐塔」、側面に施主寺尾幸助、寛延二年(一七四九)、背面に、腐塔由来文一六五文字を刻す。もとは国道一六三号沿いの空地にあったが拡幅工事で、昭和五十年に消防署前に移った。移す時に、雁塔を掘っていると、下層から正保二年(一六四五)建の古塔婆が発掘され、いま両者とも並立して祀られている。
 文明年間(1469年-1487年)、一猟師があって雁を射たら雄雁で首がない。五十日ほどしてまた一羽の雁を射ち落とすと雌雁で、羽交に雄雁の首を抱いていたという。猟師は夫婦愛に涙し、猟師をやめ、雁の霊を弔ったという。  (「70944_1_はるかなる日々四條畷の史跡・文化財.pdf – 20p」より)]

河内名所図会. 巻之1-6 / 秋里籬嶌 [著] ; 丹羽桃渓 画 – 早稲田大学」 – 「楠木正行雁塚(6巻9)

[図会右ページに正行墳、左ページ中央左に雁塚と記述描かれています。]

猟師と雁.JPG(6巻12)

小楠公御墓所(伝楠木正行公墓)参道前のカメラです。

小楠公御墓所(伝楠木正行公墓)前のカメラです。

小楠公御墓所(伝楠木正行公墓)西側からの四條畷楠木正行墓とくすのカメラです。

移設後の雁塔前のカメラです。(Google Map)