中ノ門掘跡

マーカーは中ノ門掘跡です。

中ノ門掘
[郭町1丁目付近の住宅の裏には中ノ門付近の堀跡が現存しており、2008年(平成20年)より川越市による公園整備で堀や門の復元が行われた。中ノ門掘は西大手門跡側から本丸方向への敵の進入を阻むために巧みに配された堀のひとつであり松平信綱によって造られたものである。  (wikipedia・川越城より)]

[1639(寛永16)年、藩主となった松平信綱は、城の大規模改修を行い、近世城郭としての体裁を整えました。この際に、天下が治まって間もない時代に、戦いを想定されて中ノ門掘は整備されたと考えられています。
例えば、敵が西大手門(現:市役所)方面から攻め込んだ場合、この中ノ門掘に阻まれて、本丸(現:初雁球場)方面へ直進することが困難となります。
また、堀の深さは7m、幅18m、西大手門側の勾配は30°本丸御殿側は60°になっており、堀が壁のように切り立って敵の侵入を防いでいたことが分かります。
整備された現在の中ノ門掘跡は、堀跡本体と見学広場の2つになります。
本体は、遺構保護の為に盛土して、構築当初の勾配を復元しました。
また、見学広場には、説明板とベンチを設け、入口には城を連想させる和風の冠木門を設置しております。  (「川越城中ノ門跡 | (公社)小江戸川越観光協会」より)]

川越城図(「わらべ唄 “とおりゃんせ” 発祥の地 <川越城 本丸御殿、三芳野 …」より)

川越城中ノ門堀跡 – Google Map 画像リンク

カメラ南方向が中ノ門掘見学広場入口の冠木門です。

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