川越一番街

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    川越一番街
    [蔵造りの街並みが残る。福島県喜多方市岡山県倉敷市とともに「日本三大蔵の町」。川越城西大手門跡の先にある高札場であった「札の辻」を中心とした一帯が藩主・松平信綱の時代から商人地区の上五ヶ町。町の3分の1を焼失した1893年(明治26年)の川越大火で焼け残ったのが江戸期蔵造り建築であったので、その後、各商家が倣った。かつては200棟を超える蔵造りの町屋が建ち並び、黒漆喰を使用していることが川越の見世蔵の大きな特徴である。
    現在は資料館、ギャラリー、個性的なカフェなどに利用されていることも多い。川越藩士であった橋本雅邦のコレクションがある「山崎美術館」、「服部民俗資料館」、川越藩御用絵師・船津蘭山の「蘭山記念美術館」、「松下紀久雄むかし絵美術館」などがある。1792年(寛政4年)に豪商の西村半右衛門によって建てられた「大沢家住宅」は現存する関東地方最古の蔵造りで、国の重要文化財。「陶舗やまわ」は蔵と店を繋ぐトロッコがありNHKの連続テレビ小説つばさ」の舞台「甘玉堂」となった。川越一番街は夜にライトアップされることがある。
    旧八十五銀行本店(現・埼玉りそな銀行川越支店)
    川越のシンボルの1つ。1918年(大正7年)に建てられた洋館で、埼玉県内では最も早く国の登録有形文化財に登録された。銀行の看板なども周囲の景観に合わせた色合いにして営業している。設計は保岡勝也昭和30年代まではこの本店隣(現在は埼玉りそな銀行の駐車場)に川越貯蓄銀行の本店もあり、洋館が2つ並んでいたが、そちらは取り壊されてしまった。「日本の電力王」と呼ばれた福澤桃介は川越で成長したが、父親がここで書記の仕事をしていた。
    旧山吉デパート
    山吉デパートが1936年(昭和11年)に増築した洋館。近年修復された。設計は保岡勝也。山吉デパートは1923年(大正12年)にオープンした埼玉県内最初の百貨店で、秩父市の矢尾百貨店より1年早かった。江戸時代から続く呉服商で川越渡辺銀行を創立した渡辺吉右衛門がオーナーで、エレベーターや屋上庭園もある高級デパートだった。1942年(昭和17年)に戦争のため閉館。戦後は1951年(昭和26年)から1964年(昭和39年)まで丸木百貨店(現・丸広百貨店川越店)となった。隣接して、1915年(大正4年)に建てられた洋館・旧「田中屋美術館」もある。
    蔵造りの町並み・wikipedia-photo  (wikipedia・川越市より)]

    一番街 蔵造りの町並 – Google Map 画像リンク

    カメラ西方向右が「蘭山記念美術館」で、左がオリジナルのサツマイモ料理の「えぷろん亭」です。(「蘭山記念美術館 – Ranzan Memorial Art Gallery」、「えぷろん亭 – 本川越/和食(その他) [食べログ] 」)

    カメラ東南東方向の1789年(寛政元年)創業の金笛・笛木醤油川越店の2階に「松下紀久雄むかし絵美術館」があります。(松下紀久雄むかし絵美術館)

    カメラ東方向が「服部民俗資料館」で、カメラ西南西方向が「陶舗やまわ」、「陶舗やまわ」の左・カメラ南西方向に芋菓子の「亀屋栄泉」があり、亀屋栄泉二階には「芋菓子の歴史館」があります。また、「陶舗やまわ」では西隣で甘味処「陶路子(とろっこ)」を営業しています。 (「服部民俗資料館 – 川越市の散策/観光案内 – 旅に行き隊!」、「陶鋪やまわ – 川越の陶器店・陶芸教室 当店外観が「つばさ」のヒロインの家」、「亀屋栄泉 (かめやえいせん) – 本川越/和菓子 [食べログ]」)

    カメラ南東方向が旧八十五銀行本店(現・埼玉りそな銀行川越支店)です。

    カメラ西南西方向が旧山吉デパートです。

    カメラ北北西方向が「山崎美術館」で、老舗の和菓子メーカー「龜屋」が運営しています。(山崎美術館 – 川越市の散策/観光案内 – 旅に行き隊! )

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