法起寺

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    法起寺
    [法起寺(ほうきじ、ほっきじ)は、奈良県生駒郡斑鳩町岡本にある聖徳宗の寺院。古くは岡本寺、池後寺(いけじりでら)とも呼ばれた。
    山号は「岡本山」(ただし、奈良時代以前創建の寺院にはもともと山号はなく、後世付したものである)。本尊は十一面観音聖徳太子建立七大寺の一つに数えられることもあるが、寺の完成は太子が没して数十年後のことである。「法隆寺地域の仏教建造物」の一部として世界遺産に登録されている。
    この地は聖徳太子法華経を講じた「岡本宮」の跡地と言われ、太子の遺言により子息の山背大兄王(やましろのおおえのおう)が岡本宮を寺に改めたのが法起寺の始まりと伝えられている。天平19年(747年)の『法隆寺縁起』には「聖徳太子建立七寺」の一として「池後尼寺」が挙げられている。この池後尼寺が法起寺と同一寺院であることを示す最古の資料は宝亀2年(771年)の『七代記』(四天王寺の僧教明の撰)で、そこには「法起寺、時の人喚(よ)びて池後寺とす」(原文漢文)とある。一方、この寺には「岡本寺」という呼び名もあり、天平勝宝2年(750年)の「造東大寺司牒案」(正倉院文書)に「岡本寺」とあるのがもっとも早い例である。9世紀成立の仏教説話集『日本霊異記』(『日本現報善悪霊異記』)には「大和国平群郡鵤村岡本尼寺」の観音像にまつわる霊験譚を載せるが、そこには岡本尼寺は聖徳太子の住んだ宮を寺に改めたものだとある。このことから、岡本寺が鵤村(いかるがむら)にあったこと、「聖徳太子の宮を寺に改めた」という創建縁起が9世紀の時点で流布していたことがわかる。
    創建当時の建築で現存するものは三重塔のみである。三重塔建立時期については前述のとおり706年頃の完成とみなされている。高さ24メートルで、三重塔としては日本最古である。また、特異な形式の三重塔である薬師寺東塔を除けば、日本最大の三重塔と言われている。この塔は江戸時代延宝年間(1673年 – 1681年)の修理で大きく改造され、この時、三重の柱間も2間から3間に変更されていたが、1970年~1975年の解体修理の際、部材に残る痕跡を元に、創建当時の形に復元した。二重と三重の高欄(手すり)も解体修理時の復元である。

    法起寺遠景・wikipedia-photo

    西門前・wikipedia-photo

    三重塔・wikipedia-photo

      (wikipedia・法起寺より)]

    法起寺境内図(「初夏の奈良旅-12 斑鳩三塔巡り 法起寺 現存最古の三重塔を ..」より)

    大和名所図会. 巻之1-6 / 秋里舜福 [著] ; 竹原信繁 画」・「斑鳩里法輪寺駒塚」(3-37)、「法起寺解説・左ページ左から2項目目」(3-28)

    [図会左ページ上に法輪寺、右ページ上に法起寺、右端にいかるがの里と記述され、図会中央下にこま塚と記述され駒塚古墳が描かれています。]

    南大門 – Google Map 画像リンク」、「法起寺 三重塔 – Google Map 画像リンク」、「聖天堂 – Google Map 画像リンク」、「法起寺講堂 – Google Map 画像リンク」、「法起寺 – Google Map 画像リンク

    カメラ東方向が法起寺西門です。

    カメラ北北東方向が法起寺南門です。

    カメラ東北東方向が三重塔、カメラ北北東方向が聖天堂、カメラ西北西方向が西門です。

    カメラ北北西方向が本堂、カメラ東南東方向が三重塔、カメラ南南東方向が南門、カメラ西南西方向が聖天堂です。

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