旧町名継承碑『順慶町通1〜4丁目』(順慶町夜見世之図)

マーカーは旧町名継承碑です。

旧町名継承碑
[順慶町通以南の南船場では、1872年(明治5年)に以下の町名に改編された。
●順慶町通4 – 1丁目 ← 初瀬町・浄国寺町・順慶町5 – 1丁目
安堂寺橋通4 – 1丁目 ← 北勘四郎町・安堂寺町5 – 1丁目
  ●この安堂寺町は、1982年(昭和57年)に上町側(東横堀川以東)の内安堂寺町通が改称した現行町名の安堂寺町とは異なる。
●塩町通4 – 1丁目 ← 南勘四郎町・車町・塩町4 – 1丁目
●末吉橋通4 – 1丁目 ← 長堀平右衛門町(西横堀川以東かつ長堀川以北)・長堀10丁目(長堀川以北)・長堀心斎町(同左)・長堀次郎兵衛町(同左)・長堀橋本町
●横堀7丁目 ← 五幸町
順慶町通は筒井順慶の屋敷があったことに由来し、江戸時代には新町遊廓へ至る新町橋が架けられ夜市で賑わった。塩町通には砂糖問屋が多く、1925年(大正14年)には大阪砂糖取引所が設置された。
1982年(昭和57年)に南船場の町名に改称されたのちも、各通りの名称として使用されており、末吉橋通は現在は埋め立てられた長堀川跡まで拡幅されて長堀通となっている。  (wikipedia・南船場より)]

順慶町夜見世之図 歌川広重画(順慶町夜見世之図.pdf)

[夜の顔といっても夜店の話。順慶町通(現・南船場4丁目~3丁目あたり)には、いつの頃からか夜店が並び、その賑わいぶりには江戸から来た人も驚いたという記述がある。順慶町通は新町から心斎橋筋にはいる道筋にあるので、この夜店の賑わいが次第に南下し、江戸後期には戎橋まで連なる夜店でも有名であった。
「摂津名所図会大成」によると、その夜店は「呉服・木綿屋、家具調度、(中略)或ハ世帯の荒道具、神棚宮屋のとなりには仏具屋あり、(中略)鮓店、野菜、菓子、饅頭・餅、煎餅に板行店、いふとも尽きぬ」。  (「歴史資料館 | 資料室 | 第一資料室(3) – 心斎橋筋商店街」より)]

摂津名所図会. [前,後編] / 秋里籬嶌 著述 ; 竹原春朝斎 図画」-「4巻46・順慶町井戸辻夜店

カメラ北方向に旧町名継承碑があります。