檜隈寺跡(於美阿志神社)

マーカーは檜隈寺跡(於美阿志神社)です。

檜隈寺
[檜隈寺(ひのくまでら)は、奈良県高市郡明日香村にあった渡来系氏族、東漢氏の氏寺とされる古代寺院。7世紀後半の創建で、中世には道興寺(どうこうじ)とも称した。
高松塚古墳の南方、東漢氏が居住していた檜前(ひのくま)の地に寺院跡がある。『日本書紀』の朱鳥元年(686年)8月条に「檜隈寺、軽寺大窪寺に各百戸を封ず。三十年を限る」と見えるのが文献上の初出である。『書紀』のこの記事から、当時檜隈寺が存在したことがわかるが、この寺名が正史にみえるのはこの時のみである。
鎌倉時代の『清水寺縁起』には大和国高市郡檜前郷に「道興寺」という寺のあったことがみえ、中世には道興寺と呼ばれていたことがわかる。1908年に大阪府中河内郡で出土した永正10年(1513年)銘の梵鐘には「大和国高市郡檜前」「奉道興寺鐘」という文言があり、当時、道興寺が存続していたことがわかる。本居宣長の『菅笠日記』は、彼が明和9年(1772年)に飛鳥・吉野を訪ねた時の記録であるが、宣長が訪れた当時の檜隈寺は仮の庵が残るのみで、境内には古瓦が散乱していた。
かつての境内には於美阿志神社が建ち、塔跡には平安時代の十三重石塔(重要文化財、上部を欠く)が建っている。なお、神社は明治40年(1907年)頃現在地に移ったもので、元は現在地の西方にあった。
寺跡は国の史跡に指定されている。
檜隈寺の講堂跡と於美阿志神社社殿・wikipedia-photo

於美阿志神社・wikipedia-photo

十三重石塔(重要文化財)・wikipedia-photo

  (wikipedia・檜隈寺より)]

檜隈寺跡 – Google Map 画像リンク」、「於美阿志神社 – Google Map 画像リンク

檜隈寺跡に建つ十三重石塔前のストリートビューです。

於美阿志神社
[渡来人の東漢氏(やまとのあやうじ)の祖先とされる阿知使主(あちのおみ)を祀っている神社です。平安時代の十三重の石塔が建っています。
続日本紀』の宝亀3(772)年に、阿知使主が大勢の家来を従えて高市郡檜前に移り住んだという記録があります。その後、その一族が檜前寺を建てました。境内にはその建物跡の遺跡が残っていて、多数の瓦が出土しています。
また、平安時代に造られた十三重の石塔があります。塔の上の部分が欠けて、十一重になっていますが、重要文化財に指定されています。江戸時代より前は現在より、道を隔てて西にありましたが、明治40年ごろ、現在地に移されました。  (「橿原・高市広域行政事務組合/於美阿志神社 – 橿原市」より)]

カメラ北東方向が於美阿志神社です。

於美阿志神社前のストリートビューです。

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