雄綱(綱掛神事)

マーカーは雄綱です。

綱掛祭
[飛鳥川を上流にさかのぼって、島ノ庄の石舞台の西方を500メートルほど東南に行くと、祝戸を過ぎて稲淵の集落の入口にさしかかります。ここに、飛鳥川をまたいで長い注連縄が張ってあり、そのまんなかに、長さ1メートル余り、直径10センチメートルあまりの太い縄を巻いて作った棒状のものがぶら下がっており、良く見ると男性のシンボルを表していることが分かります。 一方、これよりさらに2キロメートルほど上流にさかのぼった栢森集落の入口に、やはり飛鳥川をまたいで同じように注連縄が張ってあり、その真中に半球形の直径50~60センチメートルもあろうかと思われる、藁の傘状のものがぶら下がっています。女性のシンボルを表したもので、下流の男性のそれに相対しています。下流の稲淵では雄綱とよび、上流の栢森では雌綱とよんでいます。起源ははっきりとしませんが、古くから今に伝わる正月行事の一つです縄の掛け替えを地元ではツナカケとよんでいて、毎年旧正月11日を”初仕事・初田打ち”の日として、田畑に出てくわを入れ、豊作を祈って新しく作り、掛け替えています。では、実際どのようにして作られるのでしょうか。毎年これをつくる日には、稲淵では各戸主が神女橋(昔は内宮)に集まり、栢森では大字の中央の川向かいの古木のもとに集まります。6人がかりで作り上げると、神主が来て祭りをして、御幣を男根の上に刺し、勧請縄で川をはさんでつり渡します。朝の八時から午後三時ごろまでかかるといわれています。男根をくくるひもは平年は12本、うるう年は13本と決められています。昔はつるすまでに新婚の家へこの男根を担いで、お祝いに行く風習もありました。掛け終わると神主がお払いをし、神饌を備えます。白米1升、神酒1升、串さしみかん、この供え物はたく串に幣を備え、みかんをさした1メートル程の長さの割竹で、神所橋にならべたてます。竹串以外の神饌は全部、祭典が終了した後、神主が三度に分けて川へ流してしまいます。これは悪神に与えて、その後悪神が村へ立ち寄らないようにするためです。栢森の女性の形のものの内部には、夏みかん1個を竹でさしいれ、それを柱連縄で巻いています。網かけ場に1メートル大の福石があり、これにも柱連縄を張り、この石の上を川渡しして、つり上げます。中央へ女性のシンボル、その両側へ、2メートルほど離して榊と御幣をつり、さらに2.5メートルの縄を垂らします。つり上がると全体が柱連縄の形となります。ご幣は1メートル大の篠竹に幣を垂らし、女性のシンボルにさします。新鮮は神酒とみかんで、1.5メートルほどの竹を横に渡します。その横の渡し棒へ、一辺に4個ずつ、合計16個のみかんを刺します。これを福石のところへ供えて祭りをします。このみかんは流さずに子供達に与えます。午後4時ごろ、縄や供え物が出来上がると、少し下った川すじの”フクイシ”とよばれている磐座に、飛鳥川をまたぐように掛け渡し、龍福寺の住職によってしめやかに供養が行われます。こうしてお縄掛けが終わりますが、下流の雄綱が神式で、上流の雌綱は仏式で行われているのが面白いところです。言うまでもなく、どちらも飛鳥川の風物詩の一つとなっています。  (「伝統芸能 |文化財 – 明日香村」より)]

[石舞台古墳から歩いて30分、車なら4~5分の距離にある稲渕集落は棚田でも有名で、秋には黄金色に輝く稲穂と彼岸花のコントラストが楽しめる。
この稲渕の棚田の少し先に「男綱」があり、そこからさらに2キロほど南下しところに栢森集落がある。その集落に掛けられているのが「女綱」だ。
綱掛神事は正月の十一日が女綱の綱掛で、成人の日にあたる連休の日曜日が男綱の綱掛けである。  「奥明日香の綱掛神事 女綱と男綱【奈良】 – 仏像ワンダーランド」より)]

稲淵の『綱掛神事(男綱)』(明日香村) – まいにち奈良づけ

男綱(おづな) – Google Map 画像リンク

カメラ南南西方向飛鳥川上に雄綱が掛かっています。