枚方宿鍵屋資料館

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枚方宿鍵屋資料館
[岡新町、岡、三矢、泥町の四ヶ村が枚方宿とされた。枚方宿からは京都へ六里、江戸へ百二十八里、大坂へ五里の位置にある。 東見付から西見付まで、東西13町1間(1447m)、道幅2間半(4.5m)。北側の淀川と南側の枚方丘陵の西端にあたる万年寺山(御殿山・意賀美神社(万年寺跡))に挟まれた地域に東西に細長く続いていた。
三矢村が宿の中心にあたり、宿場には 本陣池尻善兵衛家)、家老専用本陣1軒(中島九右衛門家)、脇本陣2軒、問屋場2ヶ所、旅籠は大17軒中18軒小20軒の合計55軒、船宿、茶屋、寺院、民家が軒を連ね、高札場3ヶ所、郷蔵4ヶ所、船番所2ヶ所、紀州侯七里飛脚小屋、町飛脚などがあった。問屋場では人足100人、馬100頭が常備され、民家は378軒あったという。
鍵屋資料館は、天正年間(1573年 – 1592年)創業と言われ、江戸時代には淀川水運で栄えた船宿。「ここはどこじゃと船頭衆に問えば、ここは枚方鍵屋浦、鍵屋浦には碇はいらぬ、三味や太鼓で船止める」と淀川三十石船歌に歌われた。慶応4年(1868年)3月には、明治天皇に随伴した公家の岩倉具視が休憩した事から、脇本陣に準ずる扱いとされていたと思われる。20世紀後半まで料亭として営業していたが1997年に廃業、その後2001年より資料館として公開されている。18世紀末の建築と推定される主屋は船宿当時の建築形式を今に伝え、淀川への木戸門と船着場の遺構が残る。1997年に枚方市指定文化財に指定された。平成13年度には手づくり郷土賞(地域整備部門)受賞。
枚方宿鍵屋資料館・wikipedia-photo

  (wikipedia・枚方宿より)]

河内名所図会. 巻之1-6 / 秋里籬嶌 [著] ; 丹羽桃渓 画 – 早稲田大学」 – 「枚方駅(6巻30)

天川(6巻42)

[河内名所図会に描かれる天川(天野川)に架かる「かささぎ橋」。奥に見えるのが枚方宿を行く大名行列。]

枚方宿鍵屋資料館前のカメラです。