岡田記念館

マーカーは岡田記念館です。

岡田記念館
[岡田家は550年以上の歴史を持つ旧家で、江戸時代には畠山家の陣屋となっていました。4,000平方メートルにも及ぶ広大な敷地に残る土蔵には岡田家伝来の宝物が展示されています。
岡田家は江戸時代に未開地を開墾して村民に生活の基礎作りを指導し、安定した村落づくりに貢献したと言われています。以来、当主の名を取り、この地を嘉右衛門新田(現嘉右衛門町)と称しました。同家は例幣使街道沿いの現在地に居宅を構え、代々嘉右衛門を襲名しています。
所在地 栃木県栃木市嘉右衛門町1-12
TEL 0282-22-0001
FAX 0282-22-0039
営業時間 土曜・日曜・月曜・祭日(火~金曜は予約のみ開館)
9:30 ~ 17:00(入館は16:30まで)
定休日 火~金曜日(祝日の場合開館)、年末年始  (「岡田記念館 | 栃木市観光協会」より)]

岡田記念館ホームページ

嘉右衛門町
[天正年間(1573~1592)に岡田嘉右衛門が荒れ地を開墾して開拓したとされ、江戸幕府より嘉右衛門新田村の名を得る。慶長年間(1596~1615)に下野国榎本藩領となり、のちに幕府領、1647年(正保4 年)に武蔵国岩槻藩領、1681年(天和元年)に幕府領となり、1685年(貞享2 年)から旗本畠山氏領の支配下に置かれた。岡田家は豪農として栄え、村が畠山氏の知行地になると、1689年(元禄2 年)に屋敷内に陣屋を置き、下野国内の畠山領内11村(のちに13村)の惣代名主を務めた。日光例幣使道の街道であり、宿場町である栃木宿に近いこともあって、商家や職人の家が数十軒並び、小さいながら集落を形成した。1869年(明治2 年)に日光県の管轄になったが、1871年(明治4 年)の廃藩置県によって栃木県に編入され、1876年(明治9 年)の区画改正の際に嘉右衛門町と改称された。1889年(明治22 年)の町村制施行によって栃木町(現・栃木市)に編入された。1932年(昭和7 年)に北関門道路が開通すると、人の往来が減少し、店舗も減っていった。
戦後、嘉右衛門町という名称が封建的だという理由で、「寿町」への町名変更が検討されたが、歴史を重んじる気風から現在の名が維持された。現在は、日光例幣使道の町として、街並み保存が叫ばれている。
嘉右衛門町・wikipedia-photo  (wikipedia・嘉右衛門町_(栃木市)より)]

岡田記念館 – Google Map 画像リンク」、「代官屋敷 – Google Map 画像リンク

カメラ東方向が岡田記念館です。

カメラ東方向が陣屋門です。