清水寺

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清水寺(せいすいじ)
[下野坂東26番札所として多くの参観人が訪れる
下野坂東26番札所として参観人が多く、本尊は十一面千手観音で、僧行基の作と伝えられている。この観音は、別名「滝の観音」ともいわれる。  (「清水寺 | 栃木市観光協会」より)]

[大同年間(806年頃)国司報恩のため堂塔・坊舎を新築し、金滝山大聖院清水寺と号した。
天慶十年(947年)藤原秀郷平将門を討伐した際、祈誓報恩のため堂塔を再建したが、治承四年(1180年)兵火により堂塔全てを焼失してしまった。
その後七十余年を経て、群馬県新田郡長楽寺「栄朝禅師」が寺院跡地の煙滅を歎いて小堂宇を建てたが、天正十二年(1584年)またもや兵火によって焼失してしまった。
天下は徳川の時世に入り、慶安二年(1649年)家光公より観音堂領として御朱印十石の寄進を賜り、時の住職「亮圓師」(中興第一世)によって堂塔が再興された。
天明二年(1782年)輪王寺一品親王の台命により東叡山寛永寺の末寺となったが、明治時代になって比叡山延暦寺の末寺となる。
昭和三十二年初春、飛び火により本堂・薬師堂を焼失したが、裏山にある観音堂(文化の御代建立)は火災を免れた。
昭和の末より、清水寺憩いの森として境内が整備され、ぼたんやつつじをはじめ各種の草花が植栽され、例年多くの参拝者や観光客で賑わっている。
現在の本堂及び会館は、二年余の歳月をかけ建立され、平成七年十月に落慶式が挙行された。  (「金滝山 清水寺(栃木県栃木市) : 神社仏閣史跡巡り」より)]

『清水寺(せいすいじ)のロウバイ_2018_9分咲きくらいで見頃、綺麗です」、「栃木市 清水寺のロウバイ 2017|毎日お疲れ05」、「栃木市 清水寺のあじさい 2016|毎日お疲れ05

金滝山 清水寺 – Google Map 画像リンク

カメラ北北西方向が清水寺参道です。

カメラ北北東方向が清水寺観音堂です。