栃木神明宮

マーカーは栃木神明宮です。

栃木神明宮
[栃木のお伊勢様
応永10年(1403年)、栃木城内神明宿(現神田町)に創建されたと言われています。
天正17年(1589年)正月16日、皆川広照により現在地へ移され、栃木町の総鎮守となりました。
社殿は伊勢皇大神宮に倣い、神明造りです。
明治5年(1872年)県社となりました。
現在の拝殿はもと、中教院の講堂として明治8年(1875年)に造られたものを使用しています。
栃木の地名は、この神明宮の屋根ぐしの千木(ちぎ)から出たとも言われており、
同社に残る応永10年(1403年)、天正17年(1589年)、文禄2年(1593年)の神明宮棟札は市指定文化財(歴史資料)となりました。  (「神明宮 | 栃木市観光協会」より)]

[栃木の山車祭りの舞台となる市街地を構成する歴史的建造物として、神明宮の本殿・拝殿が挙げられる。神明宮の由来は、創設は応永 10 年(1403)とされ、当初は神明宿(現、栃木地域神田町)にあったことが当時の棟札によって知られる。天正 16 年(1588)に皆川広照による栃木城築城に伴って現地に移転され、以後、栃木郷の総鎮守社として崇敬を集め、明治5年(1872)には県社に列せられている。主祭神天照大神である。本殿は、明治 13 年(1880)3月の起工、明治 16 年(1883)10 月の竣工と伝えられており、高欄の擬宝珠に残された刻銘によってそのことが裏付けられる。桁行3間・梁行2間で、石積みの高い基壇の上に建つ切妻造平入の高床建築である。正面中央に階を設け、周囲に高欄付きの縁を廻す。屋根に反りはなく、千木(大棟の両端に載せたX字状の材)と勝男木(棟上に横たえて並べた円柱状の装飾の部材)を備え、妻側には独立した棟持柱を建てるなど、典型的な神明造である。  (「栃木市の維持向上すべき歴史的風致 第2章 – 栃木市(神明宮p-114)」より)]

神明宮 – Google Map 画像リンク

カメラ東方向が栃木神明宮参道です。

栃木神明宮境内のカメラです。

栃木神明宮拝殿前夜のカメラです。