近龍寺

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近龍寺
[山本有三が眠る歴史あるお寺
応永28年(1421年)、良懐上人が、城内宿河原に創建したと言われる浄土宗の寺で、天正16年(1588年)現在地に移されました。
中国の故事「鯉が三級の位になると龍になる」ということから「三級山天光院近龍寺」と名付けられました。
明治初期、栃木県最初の小学校(日惜舎)と師範学校が開設されました。
境内には子育安産、学業成就の呑龍堂(毎月8日縁日)や文豪山本有三の墓があり、
1月11日には有三の一・一・一忌として墓前祭が行われています。  (「近龍寺 | 栃木市観光協会」より)]

[近龍寺本堂も市街地を構成する歴史的建造物で、近龍寺の由来は、宿河原(現在の栃木地域 城内町)に創建されたと伝えられる浄土宗の寺院である。当初は称念寺と呼ばれていたが、天正 16 年(1588)に皆川広照による栃木城築城に伴って現地に移転され、その際に近龍寺と改称した。正保4年(1647)以降、日光例幣使がたてられるようになると、脇本陣として、本陣に支障がある場合の宿泊所にあてられた。
寛文年間(1661~1673)の頃より 鐘楼堂において時鐘をついていたが、鐘は太平洋戦争中に回収されてしまった。
本堂は入母屋造・桟瓦葺で、正面に向拝(階段上の庇)を設け、周囲に高覧付きの切目縁(縁板を敷居と直角方向に張った縁)を廻した大規模な仏堂である。外回りの建具には引違い桟唐戸(縦横に 框(かまち)を組み、間に薄い板を入れた扉)と明り障子が用いられている。文化3年(1806)の上棟棟札が残されており、さらに正面の桟唐戸には「同4年7月」の銘文が残されていることから、建物の竣工は文化4年(1807)であった可能性が高い。  (「栃木市の維持向上すべき歴史的風致 第2章 – 栃木市(近龍寺p-114)」より)]

近龍寺 – Google Map 画像リンク

カメラ東方向が近龍寺山門です。