神籬遺跡

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神籬遺跡
[神話の里「神籬(ひもろぎ)」について
 この一画の小字名である「ヒモロギ」は、神祭りの施設で神霊の降臨する依代(よりしろ)であった「神籬(ひもろぎ)」に由来すると考えられる。
 「日本書紀」の崇神天皇六年条に、豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)をして天照大神を「笠縫邑(かさぬいのむら)に祭る。仍(よ)りて磯堅城(しかたき)の神籬を立つ。」とあり、神籬が神祭りの古い形式であったことが分かる。
 この場所に神籬を設け神霊をお迎えして、神祭りが執り行われたのであろう。
 一帯は邪馬臺国(やまたいこく)の有力候補地である纒向(まきむく)遺跡に含まれ、倭笠縫邑と伝承される檜原(ひばら)神社にも近く、古代祭祀を考える上で注目される。
           文責 桜井市文化財審議会委員  白井伊佐牟
平成十五年三月吉日
  纏向小学校昭和十六年卒業生同窓会 建之  (画像リンク)]

[神籬(ひもろぎ)とは、神道において神社や神棚以外の場所で祭祀を行う場合、臨時に神を迎えるための依り代となるもの。
「ひもろぎ」(古代には「ひもろき」)の語源は、「ひ」は神霊、「もろ」は天下るの意の「あもる」の転、「き」は木の意とされ、神霊が天下る木、神の依り代となる木の意味となる。
※異説:檜(ひのき)榁(むろのき)松(まつのき)などのように、待ち合わせの目印となる高木。会う、群がる木の意。但し、末尾の「き」とは甲類で乙類の「木」と音韻上違い、語源的には無関係である。
漢字の「神籬」は宛て字であり、「籬」は竹や柴で作られた垣根を意味する。なお、「垣」も垣根を意味するが、こちらはもともと土塀(土で作られた垣根)を意味していたのが、広く垣根全般を指すようになったものである。ちなみに、「垣籬(えんり)」あるいは「籬垣(りえん)」という熟語もまた、竹や柴の垣根を意味する。
なお、「神籬」の本来の読み方は「かみがき」「みづがき」であった。
「胙」「膰」「燔」にも「ひもろぎ」の字訓が宛てられているが、これらの元々の意味は神前に供える肉であり、「神籬」と表記する場合とは大きく意味が異なる。  (wikipedia・神籬より)]

神籬遺跡 – Google Map 画像リンク

カメラ北北西方向が神籬遺跡への進入路です。