泉井上神社(和泉五社総社)

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泉井上神社(和泉五社総社)
[泉井上神社(いずみいのうえじんじゃ)は、大阪府和泉市府中町にある神社。式内社で、旧社格は府社。境内には和泉国総社の和泉五社総社が鎮座する。
創建は不詳。社伝によれば、仲哀天皇9年に神功皇后三韓征伐へ出発する途上、当地を行啓した際に突如として泉が湧き出たため、凱旋後に霊泉として社を築いて祀ったという。本殿脇にあるこの霊泉は「和泉清水」と呼ばれ、和泉国の国名の起源とされる。延喜式神名帳では官幣小社に列格された。
のちに、当社を中心に和泉国の国府が置かれ、国内の大鳥神社(一宮)、泉穴師神社(二宮)、聖神社(三宮)、積川神社(四宮)、日根神社(五宮)の祭神を勧請した総社が築かれた。代々武士の崇敬が厚く、特に楠木正成新田義貞足利将軍家織田信長豊臣秀吉らは厚く崇敬したとされる。
中世に入ると、当社と五社総社の区別が次第に希薄になり、同一視されるようになった。 また王子神社・八幡神社・菅原神社・式内社和泉神社(和泉大社)が合祀され今に至る。
また、八幡信仰が盛んになり放生会も行われるようになったという。豊臣秀吉大坂城在城の折には和泉清水を茶の湯に用いていたと言われ、子の秀頼によって1605年(慶長10年)に再建された五社総社本殿は重要文化財に指定されている。この際、当社はついに五社総社の摂社扱いとなるに至ったが、1899年(明治32年)に当初の鎮座地に戻った。
10月5日の例大祭(現在は体育の日の前日の日曜日)には、氏子である地元府中町5町のだんじり(地車)、馬場之町、東泉寺、小社之町、南之町、市辺町、に和気町、小田町の7台のだんじりが宮入を行い大いに賑わう。
泉井上神社のだんじり祭りの歴史は古く、「郷社現行特殊慣行神事」という書物によると、「天正十三年(1585)神輿並びに地車六基が整列した」との記述があり、泉州地域におけるだんじりに関する記録の中では最古のものである。  (wikipedia・泉井上神社より)]

和泉名所図会. 巻之1-4 / 秋里籬嶌 [著] ; 竹原信繁 画」 – 「府中社鳥居前(3巻11)

府中惣社(3巻12)

泉井上神社(和泉五社総社)一の鳥居前のカメラです。

泉井上神社(和泉五社総社)境内鳥居前のカメラです。

泉井上神社拝殿前のカメラで、カメラ右方向に和泉五社総社拝殿があります。