理智院

マーカーは理智院です。

理智院
[真言宗御室派宝珠山光明寺理智院は天平五(七三三)年、聖武天皇願により行基菩薩が開山。開山時の本尊は行基御作の聖観世音菩薩(現・脇仏)。後に弘法大師・空海が刻まれた追風不動明王を本尊に迎え、海上・交通安全の護仏として今日に至る。現本堂は秀吉に仕え、初代和歌山城代を隠居し法印(当時住職)となった桑山重晴慶長十(一六〇五)年に中興再建された。近年では博物学者・南方熊楠が研究の場としてしばらく身を置いた。
太閤秀吉肉付像
豊臣秀吉が文禄の役(一五九二年)で朝鮮出兵に際し大阪から九州名護屋への出陣海路途中嵐に遭い谷川港に避難したおり当時佳忍和尚の祈祷により、その後渡航成就したことから、木像に自らの「ひげ」を植え奉納された。  (「真言宗御室派宝珠山光明寺理智院 公式サイト」より)]

和泉名所図会. 巻之1-4 / 秋里籬嶌 [著] ; 竹原信繁 画」 – 「理知院秀吉公社(4巻41)

理智院参道前のカメラです。