今里の浜

マーカーは「寺川筋今里問屋場」の案内板です。

今里の浜
[鉄道交通が発達する明治 25 年頃まで、大和川船運の船着場であった。物資の荷揚場として、船問屋が建ち並び、問屋町田原本の外港として大いに栄えた。  (「下ツ道沿線ガイドマップ_2 – ページ4 – 奈良県」より)]

[今里の浜は、江戸時代の川港で、倉庫をもつ問屋があった。当時は大和川を川船が往来し、寺川域では今里まで遡上した。その川港は、通称「浜」と呼ばれた。春は大阪から油粕・干鰯などの金肥のほか塩や雑貨が上がり、秋は大和の農産物や特産物が下っていった。今里の浜は、田原本の荷物を主に扱い栄えたが、明治に鉄道が敷設され物資の輸送形態が変化すると廃れた。
今里の浜の往時をしのぶものは何もない。  (「その他 – 今里の浜/田原本町」より)]

[今川筋今里問屋場
 今川筋今里問屋場は、田原本と主要な交通路「中街道」で結ばれた物資の集散地として栄え、田原本の外港として、大きな役割を果たしていました。問屋場は、石見村領字庵ノ口(三宅町大字石見)にあり、寺川筋の東側、今里橋を通る道筋の南側に位置します。当時、今里村(田原本町大字今里)の庄兵衛が問屋を営んでいたことで知られています。
 「寺川筋今里問屋場絵図」は、江戸時代に田原本五千石を領した平野氏の陣屋町の発展を考えるうえで極めて重要で、町の有形文化財に指定されています。この絵図には、荷揚場や土蔵、牛馬をつなぐ杭が描かれ、近世の「浜」の様子を詳細に知ることが出来ます。
   田原本町  (「今川筋今里問屋場案内板(画像リック)」より)]

寺川筋今里問屋場 – Google Map 画像リンク

カメラ北北西方向に「寺川筋今里問屋場」の案内板が設置されています。

2015年5月画像 – カメラ位置は寺川今里橋東詰めで、カメラ北北西方向に「その他 – 今里の浜/田原本町」の案内板が設置されていたようです。