首切り地蔵尊

マーカーは首切り地蔵尊堂です。

首切り地蔵尊
[首切り地蔵菩薩像が祀られている。頭部が胴体から離れて足元に置かれているので、このように呼ばれている。身代わり地蔵だが詳しい由来はわからない。隣の阿弥陀如来仏座は南北朝時代の鳥仏師の子孫による作とある。  (「下ツ道沿線ガイドマップ_2 – ページ4 – 奈良県」より)]

[6.八尾の首切り地蔵(広報たわらもと1991年4月号掲載)
八尾の薬師堂の入り口、中(なか)街道に面した所に「首切地蔵尊」がまつられています。むかしむかし、この地は罪人の首切り場であったことから、村人はここに地蔵をまつり、以降「首切り地蔵」と呼ぶようになったということです。(郷土の歴史教室より)
首切り地蔵で有名なのは、柳生(やぎゅう)街道にある「首切り地蔵」ですが、これは宮本武蔵が宝蔵院試合のあと、柳生の里に但馬守を訪れる途中、石地蔵を一刀のもとに切り捨てたで、この名が付いたという話です。(『奈良の旅』松本清張・樋口清之 光文社)
しかし、八尾の「首切地蔵尊」はもっと現実味のある話ですね。しかも下ッ道(しもつみち)(中街道)沿いにあることや、付近に薬師堂、大日堂がのこっていることなどから、この首切り地蔵も古くから村人に親しまれてきた仏にちがいありません。  (「田原本町に伝わる昔話 – 第12話/田原本町」より)]

カメラ北西方向が首切り地蔵尊堂です。