長刀鉾会所

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長刀鉾
[長刀鉾(なぎなたほこ) – 四条烏丸東入ル長刀鉾町。鉾頭が長刀。山鉾の中で唯一生稚児が乗り、巡行で先頭を行く。
くじは全ての山鉾が引くわけでなく、くじを引かないでも予め順番が決まっているものもある。これを「くじ取らず」という。時代と共にその数と順序に変遷があるが、現在「前祭」に5基、「後祭」に4基のくじ取らずがある。
前祭においては、先頭の長刀鉾、5番目の函谷鉾、21番目の放下鉾、22番目の岩戸山、23番目の船鉾(前祭巡行の最後)、後祭においては、先頭の橋弁慶山、2番目の北観音山、6番目の南観音山、10番目の大船鉾(後祭巡行の最後)が「くじ取らず」である。
長刀鉾・wikipedia-photo
長刀鉾の稚児
現在では唯一、生身の稚児(生稚児)が乗る。かつては船鉾大船鉾を除くすべての鉾に10歳前後の少年が稚児として乗っていたが、現在は長刀鉾以外は人形になっている。
2000万円とも言われる費用がかかるため、京都市内の資産家等の家庭から禿(かむろ)と呼ばれる家来役の少年2名と共に選ばれ、祭りの年の6月頃に発表される。非常に費用がかかり誰でも稚児になることが困難であるため、特定の資産家に役割が集中し、稚児と禿が兄弟であったり、稚児の親も何十年も前に稚児であったり、兄弟が数年をおいて稚児になったりする例がある。このような例は葵祭の斎王代役にも見られる。かつては長刀鉾町の町内から稚児は選ばれたが、現在は大抵町外の資産家の子息であるため、形式的に町内の代表と養子縁組をする。
7月1日の「お千度」(おせんど)を皮切りに数多くの行事に舞台化粧と同様の白塗り化粧で登場、7月13日午前中の「稚児社参」では狩衣に金の烏帽子で登場、「正五位少将」・十万石大名の位を授かる。これは高い鉾の上から貴人を見下ろしても不遜にならないようにするためと言われる。これ以降は神の使いとされ、食事の用意などに女子の手を一切借りず、食事も他の人とは別の火で作ったものを摂る。また、公式には地面を一切歩かないことになっており、公式行事の際には人前では絶対に地上を歩かない。巡行当日に長刀鉾に乗降する際は男性の肩に乗せられて長刀鉾に取り付けられた梯子で乗降する。ただし、14日の古式一里塚松飾式(中之町御供)は八坂神社側の公式行事でないため、稚児・禿は薄化粧で現れ、かつ稚児社参後であるが地上を歩く。
7月17日の山鉾巡行では金襴の振袖に紋織りの袴、鳳凰の天冠で登場、禿を両脇に従え、鉾の中央で稚児舞を披露する。巡行後はすぐにハイヤーで八坂神社に向かい、正五位少将・十万石大名の位を返上する。お位返しと呼ばれる儀式である。
長刀鉾の稚児日程
●6月中旬〜下旬 – 長刀鉾稚児結納(稚児自宅・一般非公開)稚児役の少年が長刀鉾町の代表者と形式的に養子縁組する。
●7月1日 – 長刀鉾町お千度。稚児がたくさんの関係者を従えて3回本殿を回ったあと登殿参拝し、稚児に選ばれたことを奉告し、祭の無事を祈る。3回本殿を回っただけで、300人以上の人を従えているので、延べ千度回ったと解釈し「お千度」という。ただし、現在は300人もの供を従えないが旧例に従っている(10時・八坂神社)。
●7月5日 – 長刀鉾町稚児舞披露(15時15分〜30分頃・長刀鉾町町会所)。稚児が長刀鉾町の関係者の前で稚児舞を披露し、これでよい旨の了承が得られると町会所2階の窓を鉾の前面に見立てて、大衆に稚児舞を披露する
●7月13日 – 長刀鉾稚児社参(11時頃・八坂神社)。
●7月14日 – 中之町御供(古式一里塚松飾式。14時頃・松原中之町町会所・松原中之町八坂神社・行事そのものは非公開・祇園祭の公式な行事ではない)。




  (wikipedia・祇園祭より)]

年中行事大成. 巻之1-4 / 速水春暁斎 画図」・「祇園會山鉾宵飾之図」(6-5)

祇園會山鉾引渡図」(6-11)

[嘉吉元(1441)年頃の創建とも,それより古いともいわれ,鉾頭(ほこがしら)に三条小鍛冶宗近(さんじょうこかじむねちか)作の長刀を立てたので長刀鉾と呼ばれています。この長刀は,のち大永2(1522)年に三条長吉(さんじょうながよし)作のものと取り替え,更に延宝3(1675)年には和泉守来金道(らいきんみち/かねみち)作のものとなり,現在では竹に錫箔を張ったものを使用しています。毎年必ず巡行の先頭にたち,小学生から選ばれた稚児(ちご)が2人の禿(かむろ)と共に乗るのも,今ではこの鉾だけです。  (「文化史29 祇園祭 山鉾篇 – 京都市」より)]

[真木のなかほどの「天王座」には和泉小次郎親衡の衣裳着の人形を祀っている。屋根裏の金地著彩百鳥図は松村景文(1779~1843)の筆、破風蟇股厭舞小鍛冶宗近が神剣を造る姿の木彫胡粉彩色の彫刻は片岡友輔の作である。
前懸はペルシャ花文様絨毯、ペルシャ絹絨毯(古)、胴懸には中国玉取獅子図絨毯、十華図絨毯、梅樹図絨毯、中東連花葉文様インド絨毯など16世紀~18世紀の稀少な絨毯が用いられていたが、現在はその復元品を使用。見送は雲龍波濤文様綴織が平成17年に復元新調されている。平成20年度に下水引全面の新調が完了した。  (「長刀鉾 | 山鉾について | 公益財団法人祇園祭山鉾連合会」より)]

[長刀鉾のシンボル・大長刀は、刃先の向きも決められています。巡行の際に、刃先が本神である八坂神社や天皇の住まう御所の方には向かないよう、必ず南向きになっています。  (「山鉾鑑賞をもっと愉しむためのおすすめポイントを紹介!| 祇園祭 …」より)]

[長刀鉾は山鉾の中でも一番人気、会所は四条通烏丸東入ル北側です。ちまきを購入すれば会所には無料で入場出来ます。  (「祇園祭「長刀鉾」会所 (1) – 絶景かなドットコム(京都)」より)]

[長刀鉾(京都祇園祭) – 京都の観光写真集]

長刀鉾保存会 Google Map 画像」より。

カメラ北北東方向が長刀鉾会所(京都市下京区長刀鉾町26)です。

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