長尾の滝・天龍院

マーカーは天龍院です。

天龍院
[天龍院は、明治四十年頃、不治の病に冒された大阪の商人(あきんど)谷坂光栄によって建立された寺院です。谷坂氏は、この地にある長尾の滝に籠もって病気平癒を祈願。すると、不治の病の筈の病魔を克服。これを感謝し、八大龍王本尊として天龍院が建立されました。
谷坂氏が籠もった長尾の滝は、役行者が行場としていたとも伝えられ、近世では「日本の小釈迦」とまで山岡鉄舟(やまおかてっしゅう)に讃えられた、慈雲尊者飲光がこの地に「雙龍菴(そうりゅうあん)」という庵を結び、江戸時代宝暦八年(1758)から十四年間の長きを隠棲した地です。もっとも、慈雲尊者は純粋な仏教者で、修験との関わりはありませんでした。また、「雙龍菴(そうりゅうあん)」は現在この地になく、長栄寺に移築、保存されています。長尾の滝は二段になっており、本堂右横を流れ落ちるのが「雄滝」。境内の下を潜って落ちる、二段目の「雌滝」は、雄滝よりも落差が大きく、一筋の縷(る)のように流れ落ちています。
天龍院本堂は二分されており、右が本尊八大龍王を祀り、左は蔵王権現を中尊として不動明王と役行者がまつられています。天龍院は、昭和四十年代に金峯山寺大阪別院とされ、毎年五月に行われる天龍院の大祭には、大勢の修験者が出仕。盛大に採燈大護摩供が執り行われて異います。また、長尾の滝は、東大阪市の名勝に指定されており、休日は滝行を行う修験者だけでなく、ハイカー達でにぎわうことがあります。  (「天龍院(てんりゅういん) – 役行者霊蹟札所会」より)]

河内名所図会. 巻之1-6 / 秋里籬嶌 [著] ; 丹羽桃渓 画 – 早稲田大学」 – 「長尾瀧不動寺(5巻36)

近衛龍山公長尾瀧を御覧(5巻36)

天龍院 – Google Map 画像リンク」「長尾の滝 – Google Map 画像リンク

天龍院境内のカメラで、カメラ東方向に長尾の滝「雄滝」、その左が天龍院本堂です。

長尾の滝案内板前のカメラです。

長尾の滝「雌滝」前のカメラです。