向日神社、説法石

マーカーは向日神社です。

向日神社
[向日神社(むこうじんじゃ)は、京都府向日市に鎮座する神社。向日明神とも。式内社名神大社)で、旧社格府社
元々は、同じ向日山に鎮座する「向神社」(上ノ社)「火雷神社」(下ノ社)という別の神社だった。いずれも延喜式神名帳に現れる古社で、「火雷神社」については名神大社「乙訓坐火雷神社(乙訓神社)」の論社である(他の論社は長岡京市角宮神社)。
向神社は御歳神(向日神)が向日山にとどまり、稲作を奨励したことに始まるという。また火雷神社は神武天皇大和国橿原から山城国へ遷った際、当地に火雷神を祀ったことに始まると伝える。
火雷神社は養老2年(718年)の社殿新築にあたり玉依姫命と神武天皇を合祀したが、中世に至ると衰微、建治元年(1275年)には向神社が併祭することとなり、向日神社と社名を改めて今日に至っている。
境内
京都府道67号西京高槻線(アストロ通り)から、長い石畳の参道に入る。参道はツツジカエデ等の並木が連なる緩やかな登り坂で情緒があるが、時折自動車も走るので注意が必要。
●境内に入ると、舞楽殿が控える。拝殿本殿はその奥にある。
●本殿は応永25年(1418年)建築。室町時代流造を代表するものとして、国の重要文化財に指定されている。また明治神宮本殿は、当社本殿を1.5倍のスケールにした設計である。

鳥居・wikipedia-photo

長い石畳の参道脇に桜が咲く・wikipedia-photo

舞楽殿(右)・拝殿(左奥)・wikipedia-photo

拝殿・wikipedia-photo

  (wikipedia・向日神社より)]

説法石
[向日神社の大鳥居南側に大きな石があります。京での日蓮宗の布教活動を禁止された日像上人が、徳治2年(1307)頃、この石の上で西国街道を行き交う人々に、説法をしたと伝えられています。  (「向日市商工会 :: てくてくコースマップ」より)]

向日神社境内図(「オープンストリートマップ」より。)

向日神社資料リンク
都名所図会」・「巻之四 右白虎再刻 向明神 (向日明神)」、「巻之四 右白虎再刻 向日明神解説
向明神 (向日明神)(拡大図)

古札焼納祭(とんど祭)・1月15日
年中行事大成. 巻之1-4 / 速水春暁斎 画図」・「爆竹之図」(1-36)

向日祭之図」(4-11)

法華宗 日像上人聖蹟(説法石) – Google Map 画像リンク」、「舞楽殿 – Google Map 画像リンク」、「向日神社 – Google Map 画像リンク

カメラ西方向が向日神社参道で、カメラ南方向に説法石があります。

向日神社境内前カメラで、カメラ西方向に舞楽殿、カメラ北西方向に手水舎があります。

舞楽殿前のカメラです。

拝殿前のカメラです。

拝殿前桜のカメラです。

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