山崎宗鑑旧居跡

マーカーは山崎宗鑑旧居跡です。

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山崎宗鑑旧居跡
[宗鑑旧居跡(そうかんきゅうきょあと) 島本町山崎1-4
関大明神社の向い側、森村邸は古くから「宗鑑屋敷」と呼ばれ、邸内の井戸は「宗鑑井戸」の名で茶人に知られる。   (「宗鑑法師の幽居の地 | 『都名所図会』で京を巡る – blogger」より)]

[連歌師・誹諧師、または書家(後世「宗鑑流」と称される)として知られる中世の文化人 宗鑑の旧居跡。当然ながら被写体になっている建物は後世のもので、邸内には「宗鑑井」と称される井戸がある(乃至あった)由。
 居所のあるここ山崎にちなんで俗に「山崎」の名字を冠される宗鑑という人物。古の文人には結構ありがちですが、断片的にしかその史実をおえないこともあって(俗伝なら一部なんとか)、個々の逸話からは文人風狂のさまがよく喧伝されます。
 まず、文人的活動としては第一に誹諧の祖として伊勢荒木田守武とも併称される人物ですが、私個人が誹諧に疎いゆえもあって、私的には”宗祇宗長とも親交のあった連歌師”としての興味の方がつよかったりする人です。  (「宗鑑旧居跡-島本町の史跡 – 龍馬堂」より)]

カメラ北西方向が山崎宗鑑旧居跡に建つ後世の建物です。