水無瀬神宮

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水無瀬神宮
[水無瀬神宮(みなせじんぐう)は、大阪府三島郡島本町にある神宮。旧社格官幣大社。旧称は水無瀨宮。
後鳥羽天皇土御門天皇順徳天皇を祀る。
境内には、環境庁認定「名水百選」に選ばれた「離宮の水」がある。
歴史
後鳥羽天皇の離宮であった水無瀬殿の跡に建立された。承久の乱隠岐に流されそこで死去した後鳥羽上皇の遺に基づき、仁治元年(1240年)、水無瀬信成・親成親子が離宮の旧跡に御影堂を建立し、上皇を祀ったことに始まる。明応3年(1494年)、後土御門天皇が隠岐より後鳥羽上皇の神霊を迎え、水無瀨宮の神号を奉じた。
江戸時代まで仏式で祀られていたが、明治時代に神式に改められ、水無瀨宮に改称した。後鳥羽天皇と同じく承久の乱により配流されてそこで崩御した土御門天皇・順徳天皇の神霊を配流地から迎えて合祀した。
明治 6 年( 1873 年)に官幣中社に、昭和 14 年( 1939 年)に官幣大社に列格し、水無瀬神宮と改称された。
文化財
建造物
重要文化財(国指定)
●客殿 – 桃山時代、桁行11.8m、梁間10.9m、一重、入母屋造、桟瓦葺
●茶室(燈心亭) – 後水尾天皇より下賜されたと伝えられる江戸初期の数奇屋風書院。桁行 7.6 m 、梁間 5.2 m 、一重、寄棟造茅葺、東面付、こけら葺。内部は三畳台目の席と、同面積の勝手とを並べた構成になっている。松、竹、梅をはじめとする様々な材種を用いた繊細な意匠が随所に見られ、江戸初期における貴族(公家)好みの代表的な茶室として知られる。
登録有形文化財(国登録)
本殿京都御所の旧内侍所の旧材を用いて寛永年間に移築したもの。本殿以下5件は2016年に国の登録有形文化財に登録。
拝殿及び幣殿
●神庫
手水舎
●神門及び築地塀 – 神門は桃山時代(1592年-1596年)、薬医門形式。石川五右衛門が祀られた名刀を盗みに入ろうとして様子を窺っていたが、神威により門内へも入れず、仕方なく立ち去ったときに残した手形と言われるもののあとがある。

鳥居・wikipedia-photo

拝殿(右)、客殿(左)・wikipedia-photo

客殿(正面、重要文化財)・wikipedia-photo

離宮の水(2024年)・wikipedia-photo

  (wikipedia・水無瀬神宮より)]

山崎通分間延絵図-東大寺村(「E0028647 五海道其外分間絵図並見取絵図 – 東京国立博物館 …」より)
絵図街道中央右方向に大山崎の西黒門が描かれ、絵図中央「東大寺村」下方向に水無瀬川と記述され、そこの左が水無瀬神宮になると思います。

    
水無瀬神宮ホームページ

水無瀬神宮 – Google Map 画像リンク」「離宮の水 – Google Map 画像リンク

カメラ東方向が水無瀬神宮参道です。

拝殿前のカメラです。

カメラ北北東方向が客殿です。