深田橋・光明寺道の大道標

マーカーは深田橋です。

深田橋
[深田橋は、向日町の玄関口として京都三条大橋などと同様に公儀橋として、京都代官が管理していた橋です。元禄 10 年( 1967 )に京都の代官により架けられた「唐橋」は、長さ 5 間・幅 1 間 6 尺の立派なものでありました。そして、正徳 4 年( 1714 )に寺戸村民により石橋に架け替えられてからは、村の管理となりました。  (「向日市商工会 :: てくてくコースマップ」より)]

深田川
[深田川は、今から 1400 年前大陸からの渡来氏族である秦河勝が造った灌漑用水路と言われています。嵐山付近で桂川をせき止め物集女(もずめ)・寺戸をへて羽束師(はづかし)で再び桂川に注ぎ込みます。この川は、「西ノ岡用水」とも「寺戸用水」とも呼ばれ、中世近世には水利権をめぐって再三水争いが発生したようです。  (「向日市商工会 :: てくてくコースマップ」より)]

光明寺道の大道標
[森本方面から北上してきた新しい道路が西国街道に突き当たる地点、寺戸川(深田川)に架かる深田橋のたもとに、土台も含めて高さ 3 m 68 cm 余の大きな石標が立っています。正面に「浄土門根元地粟生光明寺道」、左側面に「是より西三十町」( 1 町は約 109 m 、 30 町は約 3.3 ㎞ )と刻まれた文字から、西国街道を往来したり向日町駅で下車した人々に、西山の麓にある西山浄土宗の本山光明寺への道を示す道標とわかります。
現在の位置に移されたのは昨年( 2015 年) 3 月のことで、それ以前は向日町駅を出てすぐ目の前に立っていました。
元の場所に立てられたのは、石碑の背面の刻字から明治 33( 1900 )年 5 月、豊前小倉福岡県)の人々の寄付により、各地から本山に詣でる檀信徒のための道標でした。  (「広報 むこう 平成28年(2016年)5月1日」より)]

西国街道 深田橋 光明寺道の大道標 – Google Map 画像リンク

カメラ位置は深田橋東詰めで、カメラ南南東方向に光明寺道の大道標があります。

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