調子八角の道標

マーカーは調子八角の道標です。

調子八角の道標
[調子八角の道標
          友岡三丁目
 調子八角は、西国街道丹波街道の分岐点にあたり、多くの人々がこの地を経由しました。  
 元禄十二年( 1699 )銘の道標は、年代がわかるものでは市内に残る一番古いもので、愛宕詣へ向かうための道案内としてつくられました。おもてには、西国街道を「あたご道」、丹波街道を「たんば道」と記しています。 
 愛宕信仰は、京都愛宕神社を火伏せの神として崇拝するもので、民衆の間でひろまりました。今でも西国街道沿いには、愛宕信仰にまつわる道標や石灯籠などを数多く見ることができます。
      平成二十六年六月  長岡京市

大阪住伊兵衛」の道標 「元禄十二年( 1699 )
  うら 元禄十二卯巳九月廿四大坂住伊兵衛
  おもて 右 あたご道 左 たんば道  (「調子八角の道標案内板(画像リンク)」より)]

[西国街道 – 調子八角 –
 西国街道は、京都の東寺口から兵庫県西宮までの十六里(一里は約四キロメートル)を結ぶ江戸時代の幹線道路で、その先は中国地方へつながります。この街道は、豊臣秀吉による朝鮮出兵の際に、整備されたことから「唐街道」とも呼ばれています。
 長岡京市域では、一文橋から神足を経て調子八角まで南北に縦断しています。神足は東寺口から二里目にあたるため、一里塚が置かれていました。
 ここ調子八角は、西国街道と丹波街道の分岐点にあたり、長岡天満宮光明寺、さらに丹波方面に向かう旅人と京都に向かう旅人はここでわかれました。
  平成二十六年七月 長岡京市  (「西国街道 – 調子八角 -案内板(画像リンク)」より)] 

調子八角の道標 – Google Map 画像リンク

カメラ東北東方向に調子八角の道標と案内板があります。

カメラ南東方向が平成 26 年 7 月設置された西国街道 – 調子八角 – 碑で、西国街道はカメラ南方向の信号で右に入ります。