宗猷寺

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宗猷寺
[宗猷寺(そうゆうじ)は岐阜県高山市にある臨済宗妙心寺派の寺院で、山号は真龍山。金森可重の菩提寺であり、山岡鉄舟ゆかりの寺院としても知られる。聖観音菩薩が祀られており、飛騨三十三観音霊場6番札所となっている。
寛永9年(1632年)に飛騨高山城主金森可重の菩提寺としてその嗣子の金森重頼と弟の金森重勝を開基とし、安国寺から妙心寺92世南叟宗安禅師を招いて建立された。創建時は大平山新安国寺と称していたが、後に山号を金森重頼の法名、寺号を金森重勝の法名に因んで真龍山宗猷寺と改めた。飛騨国臨済宗の寺院が少なく、高山の市街地においては時代による若干の変遷はあるもののほぼ唯一の臨済宗の寺院であった。江戸時代後期には山岡鉄舟の実父である小野高福飛騨郡代として高山陣屋に赴任しており、山岡鉄舟は宗猷寺で禅を学んだと伝えられている。
高山市指定の文化財として、文政7年(1824年)建造の本堂享保年間建立の鐘楼があるほか、史跡として山岡鉄舟父母の墓がある。庭園は高山市の名勝に指定されており、寺の裏山にある木地師の集団墓地は高山市指定の民俗文化財となっている。

宗猷寺山門・wikipedia-photo

  (wikipedia・宗猷寺より。)]

[宗猷寺は、高山市内で唯一の臨済宗妙心寺派の寺院である。開基は金森三代目の重頼、重勝(左京)の兄弟が、父可重の菩提を弔うため寛永9年(1632年)、妙心寺前任の南叟宗安和宗を迎えて開山した。はじめ新安国寺といったが、重頼の法号真龍院殿と重勝の法号徴(き)雲宗猷居士から、山号を真龍山、寺号を宗猷寺と改めた。
南叟宗安は、永禄6年(1563年)の兵火で荒れ果てた国府町安国寺を復興したが、重頼の願いにより宗猷寺の開山として兼任をしたのである。
本堂は基壇上に建ち、前面三方吹抜け、敷石床となった禅宗様式の強いこの本堂は、文政7年(1824年)8月26日落成され、大工棟梁は坂田半三郎であった。
量感ある外観をもち、仏殿法堂(はっとう)(講堂にあたる)の基本形である敷石・床を前面に、内部を畳敷きとしたことは、その古い形式をよく表している。
五山の仏殿や法堂にならって外観を二重にするとともに、和様大仏様の手法も取り入れている。  (「宗猷寺本堂|高山市」より)]

[本堂、鐘堂及び墓地内の木地師の集団墓地、山岡鉄舟父母の墓等の指定文化財を有する。
境内、庫裏東側に庭が広がる。 築山ではなく自然の山から谷が出て、その谷の端に滝があり、池が長く続く。この形式は東山の寺院に共通の特色である。南を山で包まれ、おちついた静かな親しみ易い庭である。踏石、山側の石積み、刈込みの低、中木や全体の構成に風流大名金森家の庭らしい様子が見られる。上品で上質な高山の武家文化を伝える庭である。  (「宗猷寺庭園|高山市」より)]

旅行記 ・飛騨高山 ~ 山岡鉄舟を訪ねて- 岐阜県高山市

宗猷寺 – Google Map 画像リンク

カメラ東方向が宗猷寺参道です

宗猷寺山門内のカメラで、カメラ東方向の参道右に鐘楼、カメラ西方向が山門です。

境内のカメラで、カメラ北東方向が宗猷寺本堂で、カメラ北方向に観音堂、カメラ南方向木の陰に鐘楼があります。