平瀬酒造

マーカーは平瀬酒造です。

平瀬酒造
[蔵元・平瀬酒造は、天神山(藩主金森氏六代107年間の居住跡・現在の城山)のふもと、城下町の一画、海老坂にあります。創業年代は定かではありませんが、菩提寺の過去帳には元和9年(1623)より記録され、380有余年、15代続き今日に至っております。
元禄8年(1695)の検地帳には高山一之町村、平瀬屋五郎兵衛とあり、同10年(1697)の造酒屋帳に高山の造酒屋56軒が記載されておりますが、その中に平瀬屋六助の名があります。
天保14年(1843)、造酒屋は約半数の26軒となりましたが、当時の町年寄日記には、酒造米八十八石ニ斗および、平瀬市兵衛の名も書かれ、その日記は現在も飛騨高山まちの博物館に保存されています。
大正元年(1912)、地域火災延焼により仕込蔵・文庫蔵を残し、住宅他酒蔵数棟を全焼しました。また翌年には、12代目当主は疲労のあまり床につき、二週間後に逝くなどの、相次ぐ不幸に一時はどうなることかと心配しましたが、主従一丸となり苦難を乗り越え、再興に至っております。  (「蔵元紹介 – 日本酒蔵元 飛騨高山「久寿玉」平瀬酒造店ホームページ」より)]

平瀬酒造店 – Google Map 画像リンク

カメラ南東方向が平瀬酒造です。