マーカーは高須神社です。
高須神社
[慶長14年(1609年)、鉄砲鍛冶芝辻理右衛門は、徳川家康から鉄張の大砲を作る事を命ぜられ、銃身一丈(約3m)、口径一尺三寸(約39㎝)、砲弾重さ一貫五百匁(約5.6kg)の大砲を作りました。これは、わが国で作られた最初の鉄製大型大砲でした。
その後、慶長19年(1614)の大坂冬の陣のときにも、1000挺の鉄砲を急いで製造するようにという徳川家康からの命に応え、その功労により、元和元年(1615)高須の地(当神社付近)を賜りました。
芝辻家は、自らと堺の鉄砲鍛冶の繁栄を願って、この地に稲荷明神を勧請して当社を建てました。豊受大神・猿田彦命・大宮姫命・大物主命を祀っています。 (「高須神社(堺市堺区) ・駅名にもなった鉄砲鍛冶ゆかりの稲荷社・案内板画像」より)]
「和泉名所図会. 巻之1-4 / 秋里籬嶌 [著] ; 竹原信繁 画」 – 「高須稲荷社(2巻15)」
「堺大繪圖 : 全 : 嘉永改正・文久3(1863) – 国際日本文化研究センター」(絵地図下、大和川に架かる、大和橋の左上・高須丁下に稲荷と記述されています。)
高須神社鳥居前のカメラです。