髪切山慈光寺

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髪切山慈光寺
[慈 光 寺 (真言毘慮舎那宗 寺の配付縁起パンフレットより紹介します)
創建は1300余年前、天智天皇の御宇、役行者の開基になる。
当時、生駒山中に前鬼後鬼の二鬼賊が住み、人畜を殺傷していたので、行者はこれを退治せんとして不動明王の秘法を修して鬼賊を捕えられ、鬼賊は前悲を悔いたので行者は頭髪を切って義学義賢と名付け、弟子として随侍された。これより当山は髪切山(こぎりさん)と号し、修験道の道場として栄えた。
弘仁年間、弘法大師は行者の遺跡を歴訪して当山に巡錫され、荒廃した堂宇を修築せられ、十一面観音を安置されてより真言宗に改められた。鎌倉時代には亀山法皇が熊野行幸の折に親臨せられ、寺禄3000石を賜わり多くの寺田と六坊を構え、寺門大いに興隆した。
しかし、応仁より天正にわたる再三の兵火によって、堂塔伽藍は悉く烏有に帰したが、役行者自作の尊像は恙なかった。
四代将軍家綱の頃、亮海和尚は荒廃した堂宇を再建し、宝暦3年領主鯰江唯意は深く霊地の荒廃せるを嘆き、自ら檀越となって堂宇を再建し、文化九年正法律を振興した鑁慶(けいばん)和尚が入山し留錫数十年に及ぶや、その徳を慕い法を学ぶ者数多く、当山は律寺として隆盛を極め和尚は当山の中興となった。
大正11年には開山堂を、昭和12年には本堂が修営されて寺容大いに整備され、昭和22年より真言毘慮舎那宗に改められた。
古来ほととぎすの名所としてその名は広く知られ、また生駒山の西腹にあって春は桜夏は新緑、秋は紅葉、冬は雪と四季を通じて景観が良く、土地高峻で河摂二州を一眸に収め、昭和13年5月11日大阪府より指定名勝に指定された。
毎年3月18日の戸開式、9月18日の戸閉式は有名で近郊からの参拝客が多い。
本堂(本尊大日如来)開山堂(行者三十六才の自作像)客殿のほか十三石仏、水子地蔵、寺務所などがある。 (河内西国第二十四番札所)
(現在は戸開・戸閉式の日はそれぞれ第3土曜日に変わっています)   (「生駒山中にある役行者ゆかりの髪切山慈光寺について」より)]

河内名所図会. 巻之1-6 / 秋里籬嶌 [著] ; 丹羽桃渓 画 – 早稲田大学」 – 「髪切山慈光寺(5巻32)

髪切山聴時鳥(5巻33)

慈光寺 – Google Map 画像リンク

髪切山慈光寺参道口のカメラです。

髪切山慈光寺開山堂前のカメラです。

髪切山慈光寺本堂前のカメラです。