鹿谷寺跡

マーカーは鹿谷寺跡です。

鹿谷寺跡
[奈良時代に二上山山麓に造られた鹿谷寺跡は、凝灰岩の岩盤を掘り込んで作られた大陸風の石窟寺院です。中国大陸には敦煌龍門石窟など、数多くの石窟寺院が見られますが、奈良時代にまでさかのぼる本格的な石窟寺院は、我が国では二上山山麓以外には知られていません。寺跡の中心部には、十三重の石塔と岩窟に彫りこまれた線刻の三尊仏坐像が遺されており、かつてこの周辺から日本最古の貨幣といわれる、和同開珎が出土しています。  (「鹿谷寺跡【国史跡】/大阪府太子町」より)]

[鹿谷寺跡(ろくたんじ)
この遺蹟は、凝灰岩(ぎょうかいがん)の石切場跡に造られた8世紀頃の寺院の跡です。寺の中心部は、石切場跡の尾根を幅10m程度南北に切出して造成されています。遺構としては凝灰岩製の十三重多層塔と浅い石窟に線刻された三尊坐像、及び西側岸壁寄りの小岩塊に浮彫された仏立像一体があるのみです。十三重多層塔は、地山を堀り残して造成されたと伝えられています。また塔の南面には、舎利孔が穿たれています。石窟内の三尊坐像は、比較的保存状態もよく光背や衣の襞、蓮華座も認められます。  (「一体型の十三重石塔!『国史跡 鹿谷寺跡』@大阪府太子町」より)]

河内名所図会. 巻之1-6 / 秋里籬嶌 [著] ; 丹羽桃渓 画 – 早稲田大学」 – 「六谷十三重塔(鹿谷寺跡)(2巻33)

二上嶽岩窟(2巻34)

二子山(2巻35)

[右ページ中央左に鹿谷搭、そこの右上に岩屋、左ページ下に鹿合谷と記述されています。]

鹿合谷金剛鑚(2巻36)

[二上山とその周辺地域には噴火によって生み出された多くの火成岩が分布していますが、なかでもサヌカイト(讃岐岩)、凝灰岩金剛砂(ガーネット)はその後の人類文化の発展に大きく寄与した岩石、鉱物です。
金剛砂(ザクロ石)は1月の誕生石であるガーネットのことで、中部ドンズルボー層の石切場火山岩などに含まれており、それが長い年月を経て風化流出し、低地に堆積したものです。その結晶体は鉄分やカルシウム、マンガンなどの成分からなっていて、その含まれる成分によって種類や色が異なります。二上山産は鉄分が多い鉄礬(てつばん)ザクロ石で、硬度が6.5~7.5(ダイヤモンドは10)と非常に硬いことから、研磨材として利用されてきました。香芝市内では竹田川に沿う穴虫から逢坂にかけて、大阪府側では太子町飛鳥川流域にかけて分布し、古くから採集・採掘されてきました。 、『大和志』(江戸時代)には「金剛鑚(こんごうさん)」が産出すること、『河内名所図会』には金剛砂を採掘するようすが描かれています。  (「香芝市二上山博物館」より)]

二上山万葉の森登山口のカメラで、カメラ北北東方向が鹿谷寺跡への道、その右が二上山万葉の森登山口になります。

カメラ東方向に鹿谷寺跡碑があり、カメラ北方向に十三重の石塔があります。

二上山からの眺望カメラです。

岩屋前のカメラです。