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箸墓古墳
[箸墓古墳(はしはかこふん、箸中山古墳)は、奈良県桜井市箸中にある前方後円墳。
宮内庁により「大市墓(おおいちのはか)」として第7代孝霊天皇皇女の倭迹迹日百襲姫命の墓に治定されている。また周濠の一部は「箸中大池」としてため池百選の1つに選定されている。
纒向遺跡の箸中に所在する箸中古墳群の盟主的古墳であり、出現期古墳の中でも最古級と考えられている3世紀半ばすぎの大型の前方後円墳。この古墳を、『魏志』倭人伝が伝える倭国の女王、「卑弥呼」の墓とする(一部の邪馬台国畿内説)説もある。以前は築造年代が3世紀末から4世紀初頭とされ、卑弥呼が死亡したされる3世紀前半との時期にずれがあるため、その可能性は少ないといわれてきた。しかし1980年代以降に考古学的年代決定論が精度を増し、箸墓古墳の築造年代も卑弥呼の没年(248年から遠くない頃)に近い3世紀の中頃から後半とする説が主流となった。
現在は宮内庁により陵墓として管理されており、研究者や国民の墳丘への自由な立ち入りが禁止されている。倭迹迹日百襲姫命とは、『日本書紀』では崇神天皇の祖父孝元天皇の姉妹である。大市は古墳のある地名。『古事記』では、夜麻登登母母曾毘売(やまととももそびめ)命である。
墳丘全景(右に前方部、左に後円部)・wikipedia-photo
倭迹迹日百襲姫命大市墓 拝所・wikipedia-photo
ウィキメディアコモンズには、箸墓古墳の画像またはその他のファイルが含まれています。 (wikipedia・箸墓古墳より)]
「大和名所図会. 巻之1-6 / 秋里舜福 [著] ; 竹原信繁 画」・「三輪一鳥居長者屋敷」(4-22)、
[図会右ページに大神神社一の鳥居が描かれ、左ページに中央左の塚は箸墓古墳で、箸墓古墳右側が箸中長者屋敷跡になるようです。]
カメラ北北西方向に倭迹迹日百襲姫命大市墓 拝所が見えます。