加太越奈良道見取絵図(松原宿)

絵地図初期設定画面左端街道下に枚岡神社が描かれ、街道右側の横断水路に四條村・東豊浦村境界、絵地図を右にスクロールすると「四條村(東大阪市上四条町)」と記述、その右上街道横断水路に東豊浦村・四條村境界が描かれ、絵地図右端に「大和 河内 国境」と記述され、暗峠(西畑村(生駒市西畑町)・東豊浦村境界)が描かれています。

絵地図初期設定画面に「豊浦村(東大阪市豊浦町)」と記述され、その右上街道内に東豊浦村(東大阪市東豊浦町)・豊浦村境界を示す赤丸印、絵地図を右にスクロールすると枚岡神社が描かれています。

絵地図初期設定画面に「松原宿(東大阪市松原)」と記述され、そこの左下街道角に松原宿道標、その左下集落端の街道内に松原宿・吉田村(東大阪市吉田)境界、「松原宿」記述右下街道内に水走村(東大阪市水走)・松原宿境界、そこの右方向、横断水路右上に浄栄寺、そこの右方向に恩智川(額田村・水走村境界)が描かれ、そこの左下方向に「水走村」、「川中新田」と記述されています。
[古代の生駒山ろくに存在した額田郷の区域は、明治以前の額田村の範囲に相当し、現在わずかに残る額田町の区域に加えて、山手町・東山町・立花町・南荘町・宝町・弥生町の東西にまたがる広い地域で、北は仁徳天皇の御子の大日下王・若日下王ゆかりの日下(くさか)の地域を含んだ「大戸郷(おおえごう)」に、南側は河内国一之宮である枚岡神社が鎮座する「豊浦郷(とゆらごう)」に接していました。  (「額田と額田大中日子命 – いこまかんなびの杜」より)]

絵地図初期設定画面に「菱江村(東大阪市菱江)」、その左下、鍵の手中央に稲葉村・菱屋東新田境界、その下に菱屋東新田・岩田村境界が描かれ、その下に「岩田村(東大阪市岩田町)」、「菱屋東新田(東大阪市菱屋東)」、「稲葉村(東大阪市稲葉)」、絵地図を右にスクロールすると「吉田村(東大阪市吉田)」、「川中新田」と記述され、「吉田村」記述右上、街道内に吉田村・稲葉村境界が描かれ、絵地図右端に「松原宿」が描かれています。

    加太越奈良道見取絵図(生駒)    加太越奈良道見取絵図(東大阪)