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玉姫稲荷神社
[社伝によれば、天平宝字4年(760)伏見稲荷大社より御分霊を勧請して創建されたという。正慶2年(1333)新田義貞が鎌倉の北条高時を追討するに際して当社で戦勝を祈願し、弘法大師(空海)直筆という稲荷大神の像を瑠璃の宝塔に納めたことから「玉秘め(たまひめ)」の名がついたという。明治5年(1872)村社に列格。
口入稲荷神社
摂社の口入れ稲荷は、元は新吉原の高田屋という口入屋に祀られていたという。安永年間(1772~81)高田屋の主人が夢告を受け、玉姫稲荷の境内に遷座した。商売繁盛や就職・求人、あるいは良縁祈願に霊験があるという。
商売繁盛・就職・求人あるいは合格祈願の人は、羽織を着た立ち姿の「お狐さま」を一体拝受し、自宅に安置して祈願する。願いが叶えば、もう一体拝受し、雌雄一対にして神社に納めるという。
良縁を祈願する人は、裃を着た座り姿の「お狐さま」を拝受し、やはり願いが叶えば、もう一体拝受して雌雄一対とし、神社に納めるという。
氏子地域に靴の製造業者が多いことから、年に二回靴市が開かれる。市価の6~8割引での靴・革製品の販売をはじめ、足形無量測定や外反母趾の相談コーナー、さらに靴供養や靴神輿のお練りなど多彩な催しがあるそうだ。 (「玉姫稲荷神社 | 東京都台東区 | 古今御朱印研究室」より)]
玉姫稲荷資料リンク
「国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 今戸箕輪浅草絵図」(絵図右端の中央下に玉姫社が描かれています。)
「国立国会図書館デジタルコレクション – 府内場末其外往還沿革図書. [45]貮拾貮下」(コマ番号7・地図右下方向に玉姫稲荷社地が描かれています。)
「江戸名所図会」 ・其四妙亀明神社浅茅が原玉姫稲荷(絵中央上に玉姫稲荷が描かれています。)
「江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「其四妙亀明神社浅茅が原玉姫稲荷」(17-33)
「江戸遊覧花暦」 ・標茅原水鶏(絵左中に玉姫稲荷が描かれています。)
「江戸遊覧花暦. 巻之1-4 / 岡山鳥 編輯 ; [長谷川雪旦] [画]」・「標茅原水鶏」(2-13)、「標茅原解説・左ページ1行目より」(2-15)
カメラ西方向が玉姫稲荷です。また、口入稲荷神社は境内北側にあります。
カメラ西方向が玉姫稲荷で、カメラ北北東方向が口入稲荷神社です。