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「国立国会図書館デジタルコレクション – 東海道絵図」 – 「東海道絵図. 巻第三 小田原ヨリ三島マデ」(コマ番号3/14)
絵図「札辻」と記述してある道先が濱手口門とすると、そこの左、「城」と記述されている先が箱根口門になると思われます。

相州小田原城図(Wikimedia Commons)
小田原城 大手門跡
[江戸時代、三の丸には重臣の屋敷や藩の施設が置かれ、二の丸・御用米曲輪・南曲輪を大きく取り囲むように配置されていました。この三の丸には4つの出入り口が設けられており、そのうち、東の大手口、北の幸田口、南の箱根口は、堅牢な石垣で固めた桝形門となっていました。
江戸時代初期の小田原城の大手口は箱根口でしたが、稲葉氏の時代に江戸に向く現在の場所に移されています。
大手門跡の石垣の上には、大正時代に移設された時の鐘があり(現在の鐘は昭和28年製)、午前6時と午後6時に鐘を打ち、市民に時を知らせています。 (「大手門跡【国指定史跡】 – 小田原市」より)]
(Google Map 画像)
「小田原城 大手門跡 – Google Map 画像リンク」
カメラ北北西方向が小田原城 大手門跡の石垣です。