万願寺渡し(日野)

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万願寺渡し(日野)
[甲州街道は長い歴史の間に、その道筋を変えています。貞享元年(1684)に日野の渡しを通る道筋に変更されまで、開設から80年間あまり使われた道が残っています。万願寺の渡しは「王手は日野の万願寺」と将棋の言葉にあるように、江戸の防衛線でもありました。対岸は国立市青柳です。青柳はもともとは多摩川の右岸、日野寄りに暮らしていた人たちが、洪水によって土地を失い、移り住んだ所です。慶安年間(1648〜1651)、「甲州海道」は万願寺の渡しを通る道筋になりましたが、その期間は短く、貞享元年(1684)にはさらに上流の「日野の渡し」が正式な渡しとなりました。その後も近隣住民の生活路として長い間利用されましたが、大正15年(1926)日野橋の完成とともに廃止されています。  (「ひのっこ日野宿発見」より)]

カメラ北北東方向に案内板があります。

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