日野宿脇本陣(下佐藤)

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日野宿脇本陣(下佐藤)
[日野宿(ひのじゅく)は甲州街道の5番目の宿場町であり、日野市の前身である。宿場町として整備されたのは1605年(慶長10年)のことで、八王子宿を整備した大久保長安の手によって開かれている。本陣跡には本陣としては東京都内で唯一遺された当時の建物(日野市日野本町)が建っている。その前の現在駐車場になっている辺りにあった長屋門を改装して佐藤彦五郎天然理心流の道場を開いた。この道場で剣術を教えていたのがのちの新選組局長近藤勇である。近藤と土方歳三沖田総司井上源三郎山南敬助ら新選組主要メンバーはここで出会った。この向かいに問屋場高札場があったが、現在は石碑が建つのみである。前後の宿場は、府中宿 = 日野宿 = 八王子宿となっている。
日野宿本陣・wikipedia-photo  (wikipedia・日野宿より)]

[かつての甲州道中日野宿には、そのほぼ中央に本陣と脇本陣とが並んで建っていました。本陣は大名公家旗本・幕府役人などの宿所であり、脇本陣はその補完的な役割を担いました。日野宿の本陣は上佐藤家、脇本陣は下佐藤家の屋敷で、両家は交替で日野本郷の名主と日野宿問屋役を務めていました。
 嘉永2年(1849)の大火で本陣・脇本陣とも消失しましたが、脇本陣は当主佐藤彦五郎により元治元年(1864)に再建されました。この建物と屋敷地の主要部分は、大きな改変を受けずに現存している都内で唯一の本陣・脇本陣施設です。
 建物は切妻瓦葺で、甲州道中では有数の規模です。街道側に入母屋(いりもや)造りの屋根と式台を持つ玄関があり、本陣建築としての格式を漂わせています。当初は最上位の格式の上段の間と御前の間がありましたが、明治時代に移築されています。
なお、下佐藤家は幕末期には本陣を務めたこともあるため、この建物は「日野宿本陣」として日野市の有形文化財にも指定されています。
 また、佐藤彦五郎はこの場所に天然理心流の道場を開き、そこに集った土方歳三や近藤勇たちは、やがて新選組を結成して活躍しました。  (「日野宿脇本陣跡 | 新選組ゆかりの地散策コース – 東京都生涯 …」より)]

日野宿 本陣 – Google Map 画像リンク

カメラ南方向が日野宿脇本陣(下佐藤)です。

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