「日本山海名産図会. 巻之1-5 / 法橋関月 画図」に描かれる川の産物

『日本山海名産図会』 – 西宮白魚(「日本山海名産図会. 巻之1-5 / 法橋関月 画図」 – 「 4巻 – 17p 」より)

[神崎川武庫川の川尻で盛んにおこなわれた白魚(しろうお)漁ですが、江戸時代、世に知られていたのは今津、西宮の白魚でした。明治大正も引き続き漁業は行われ、とくにアサリハゼは他地方のものに比べ、大変美味であると伝えられます。  (「【西宮浜】西宮の漁業と宮じゃこ – 西宮市」より)]

『日本山海名産図会』 – 加茂川 鮴捕(「日本山海名産図会. 巻之1-5 / 法橋関月 画図」 – 「 4巻 – 20p 」より)

[加茂川 – 鴨川、鮴 – ゴリ]
[ゴリ(杜父魚、鮴、石伏魚)は、一般的には典型的なハゼ類の形をした淡水魚を指す日本の一般名(通称)、地方名である。ただし、一部にメダカ類やシマドジョウ類を指す地方も存在する。全国的には、淡水に生息するハゼ類がゴリと呼ばれる場合が比較的多い。しかし、琵琶湖近郊や、そこで漁獲されたゴリの重要市場である京都市徳島県などでは、ハゼ科のヨシノボリのことをゴリと呼ぶ。  (wikipedia・ゴリより)]

『日本山海名産図会』 – 加賀浅野川之鮴捕(「日本山海名産図会. 巻之1-5 / 法橋関月 画図」 – 「 4巻 – 21p 」より)

『日本山海名産図会』 – 豫洲大洲石伏(「日本山海名産図会. 巻之1-5 / 法橋関月 画図」 – 「 4巻 – 22p 」より)

[『日本山海名産図会』には、「諸国に河鹿(かじか)と呼ぶ魚」と大洲産のカジカが紹介されている。カジカは、別名で石伏(いしぶし)とも呼ばれ、名産図会の挿絵に「豫洲大洲石伏」の題名でカジカ漁が取り上げられていることからも、鮎と同様に肱川の主要な特産物であったことがうかがわれる。肱川におけるカジカ漁は、川の浅瀬に畳3畳ほどの四ツ手網を置き、サザエの殻のついた追縄を川底で転がして、カジカを網に追い込む独特の遠巻寄(とおまきよせ)漁で、水揚げされたカジカは串焼きにして市内の料理店などに出荷されている。  (「第2章 維持及び向上すべき歴史的風致 – 大洲市」より)]

『日本山海名産図会』 – 越中神通川之鱒(「日本山海名産図会. 巻之1-5 / 法橋関月 画図」 – 「 4巻 – 24p 」より)

[神通川には古くから川魚専門の漁師がおり、江戸時代から、全国的にも珍しい「流し網漁」という漁法を行っていた、2艘の舟の間に網を張り、上流から下流へ、川の流れにあわせて舟を流しながらマス漁をするもので、網の幅は約10メートル。漁師達は4人1組で、それぞれ舟を操る人、網を扱う人に分かれて、協力して魚をとった。  (「神通川 河川文化の顕彰を – 富山市 – 松川遊覧船」より)]

『日本山海名産図会』 – 諏訪湖八目鰻並赤魚を採る(「日本山海名産図会. 巻之1-5 / 法橋関月 画図」 – 「 4巻 – 26p 」より)

[諏訪湖の氷下ひき網漁業]
[氷曳(こおりびき)
長さ 1300 から 1400m、幅 160 から 170mの広い氷上で作業が行われる。左右 16 反(約 176m)の長い網を氷の下に張ってゆき、網の中に入った魚を獲る。48 人の漁夫が、まず、氷斧で 30 から 40cm に堅く凍った氷に穴を開け、網袋を下ろし、そこから長く網を張っていかれるように先々に開けた穴に竹竿で順次垣網を送り越し、広く張り巡らしてから袋網の中の魚を獲る。  (「9.諏訪湖にまつわる話し – 長野県」より)]