中山道分間延絵図(塩尻宿)

絵地図初期設定画面に「柿澤村(塩尻市柿沢)」と記述されています。

絵地図初期設定画面に「塩尻宿(塩尻市塩尻町)」と記述され、そこの右下街道上に「高札場」、右方向一番目と二番目のの横断暗渠の間に東木戸が描かれ、二番目の横断暗渠が「塩尻宿」と「柿澤村」の境界で、その右に一里塚が描かれています。そこの下方向の道筋は伊那街道になると思います。絵地図初期設定画面右端の板橋は四沢川で、そこの上方向に永福寺が描かれています。絵地図を右にスクロールすると「柿澤村」と記述されています。

絵地図初期設定画面に「大門村(塩尻市大門四番町)」と記述され、絵地図中央右の板橋が「田川」でそこが「堀之内村(塩尻市堀ノ内)」と「大門村」の境界になります。絵地図を右にスクロールすると「堀之内村(塩尻市堀ノ内)」、「大小屋村(塩尻市大小屋)」、「塩尻宿」と記述されています。

絵地図初期設定画面に「平出村」(塩尻市宗賀)と記述され、その右上中山道両サイドに「平出一里塚」が描かれています。絵地図を右にスクロールすると「大門村」と記述されています。
[1874年(明治8年)1月23日 – 筑摩県筑摩郡平出村・床尾村・洗馬町村・牧野村・本山町村・日出塩村が合併して宗賀村となる。  (wikipedia・宗賀_(塩尻市)より)]

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